第10話 ファクト先輩

 〜美味しいヨモギ餅のレシピ〜


 材料

 もち米:5升

 ヨモギ:沢山

 重曹:ヨモギの量に合わせる

 餅取り粉:適量

 *餡子やきな粉:お好みで


 *注釈

 もち米は前日に一晩浸水し、ヨモギの収穫中に老人会の方々に蒸してもらった物を使用


 作り方

 1.摘んできたヨモギを水でよく洗います。


 2.大鍋に水(分量外)と重曹を入れ沸騰させます。


 3.大鍋に先程のヨモギを入れ、茹でます。

 ヨモギが柔らかくなったら水にさらしアクを抜きます。

 アクが抜けたらヨモギの水気をとってください。


 4.ヨモギを包丁で刻みつぶします。細かければ細かいほど良いので、刻んだら更にすり鉢などで徹底的にすりつぶします。


 5.老人会の方々に準備していただいた臼と杵に下ごしらえの済んだヨモギともち米を入れて、捏ねつきます。

 適宜合いの手を入れながら全体を満遍なく潰します。


 6.もち米の粒が無くなり全体に満遍なくヨモギが混ざったら、餅取り粉をまぶした餅板につきあがた餅を乗せ適当な大きさに丸めます。

(餡子入れたり、きな粉をまぶすならこのタイミング)


 7.完成!




 ――――――――――――――――――――




「だああぁぁぁぁぁぁーーー!!!」

「あんまり力入れすぎちゃダメだよ警部さん!臼にヒビ入るから!あともうちょっとゆっくり!俺合いの手入れられないよ!」


 現在時刻は13時。

 我々はミネル村で老人会の方々に見守られながら餅をついている。


 ただいま餅をついているのはマチカ。

 誰かさんへの怨恨えんこんを晴らすかの如く高速餅つきをしている。

 一体誰に恨みがあると言うのだろうか、全く心当たりがない。


 そして合いの手を入れているのは

 ミネル村の学生隊隊長ファクト。男だ。

 ちょうど巡回の休憩時間だったらしく、こうして手伝ってもらっている。


「はあ!ちょっと休憩!お兄さん交代する?」

「断る。私がマチカとペアになると私がもちもちの餅にされてしまう」

「えぇ……お兄さん、警部さんに何したの?

というかそもそもこんな辺境に何しに来たの?」

「ああ、それは――」



 ――――――――――――――――――――



「なるほど入学試験。まあそれより、うーん蜘蛛ねぇ……」

「信じてもらえるとは思っていない。私が君と同じ役柄ロールなら鼻で笑っているだろう」

「まあね、ちょっと現実感ない。しかもお兄さんの話なら俺死んじゃうんでしょ?与太話としてなら面白いんだけどね」


 ヨモギ餅作りは餅を丸める段階に入った。


 私とファクトはきな粉担当である。

 マチカは餡子あんこ担当。

 老人会の人たちはそのまま餅を丸めたり各自好きなものをまぶしたりしている。

 あちらのお婆さんレディは赤い何かをまぶしている。なんだろうか、見るには少し遠いな……


「でも、試験中にこのクエストしか受けずにここに来たっていうお兄さんの本気は伝わった。だから信じるよ、信じないで後悔するより信じて騙されたっ!て方がずっといい」


 ファクトはニッコリ笑ってそう言う。

 紫色の髪にモルモットのようにつぶらな瞳、18才らしいが童顔なのと背丈の低さが相まって非常に幼く見える。

 キャラメイクができるRPGのデフォルトグラフィック男主人公、と言ったところ。実に平凡な青年である。

 だが、理由もなく殺されていいわけがないこの世界で生きる1人の人類だ。


「それよりさ!お兄さん……名前、何?聞いてなかったや」

「ない」

「ナイさん。ナイ……ナっさん。うん、ナっさんで行こう!なんかフレンドリーな感じして良くないかな!?」


 なんだなんだ突然どうしたんだその陽キャのノリは、餅の丸めすぎで疲れたのか?

新鮮味のない単純作業ほど、人間は体感的に時間の流れを遅く感じるモノらしい。私としては、知らない男との会話よりよほど有意義なものだと思うのだが。


「いやー俺、ナっさんが今年入学する可能性に賭けたからさ。その場合俺、ナっさんの1個上の先輩になるわけでしょ?」

「そうだな」


 大きな餅の塊から一口サイズに餅をちぎる。


「だから今のうちに先輩として尊敬してもらおうと思って!先輩に憧れて入学しましたって後輩から慕われるの良くない!?」

「うんうん」


 手でコロコロと丸め、形を整える。


「うん、だから気軽に友達みたいに俺に何でも聞いて欲しいし頼って欲しい!例えば学生隊のこととかどうよ!知ってる?」

「アルコバレル学園の学生4人1組で組まれるパーティの名称。主に王国領地の守護とB〜Sレベルクエスト達成を行う。これらの任務は履修単位にも直結するため、パーティの結束を高め任務にあたることは学生の本分でもある」

「急にめっちゃ学園パンフレットじゃん。ナっさん面白いね!」


 青年に、褒められてもな、嬉しくない。丸めた餅にきな粉をまぶしながら1人ハイクを詠んでみる。


「まあ任務って言ってもあんまり大変なことはないよ、改造魔族が出たら死ぬかもけど」

「怖くないのか」

「覚悟してるからね、その時はその時だ。……いや死にたいってわけじゃないよ?でも先輩には死んだ人も沢山いるし、死ぬ時は死ぬんだろうなぁって」

「達観してるな。生きて叶えたい夢とかないのか?」

「もちろんあるよ?俺がいつか死んだらさ、知らない誰かに惜しい人を亡くしたって泣かれるくらい敬愛される人間になりたい。それが夢」


 死ぬまで確かな結果を得られないなんて、実に夢らしい。気に入った。


「安心しろファクト先輩。そんな志を持って18年も生きている人間は、必ず誰かに尊敬されている。君の死を嘆く者は必ずいるはずだ」

「おっ急に持ち上げるじゃん」

「そんな君が是非私の尊敬する先輩になってみせやがってください」

「おっ違うなコレ、遠回しに挑発されてるな?コードバトルする?しちゃうか?」


 ファクトがニヤッと楽しげに笑いながらファイティングポーズをとる。そんなに餅を丸めるのに飽きていたのか。

 そんなファクトの背後に忍び寄る一つの影。


「あっ警部さんだやっべ」

「人間2人無駄口ばっかり叩いて、餅を丸めることすら出来ないの?半分も終わってないじゃないか。餡子あんこは僕1人で終わったぞ?」


 マチカだ。口の端につぶあんが付いている。

つまみ食いしたのか、したんだな。


「つまみ食いしといてよく言う。全く、意地汚いお巡りちゃんめ」

「うわっキモ。それ女子にウケると思ってるならやめた方がいいマジでキモい」

「そうなのか、ありがとう。参考にする」

「……はあ、お前と話してるとドッと疲れる。僕は草むしりと餅作りで汗かいたからお風呂を借りてくる。お前達もさっさと終わらせろよ」


 そうため息混じりに言葉を吐き捨てたマチカは民家の方に歩いて行った。


「ナっさんって、警部さんとどういう関係なの?」

「さあ?私も彼女の目的など、わからないまま無理矢理振り回されている身でな。しいて言えば反抗期の娘と父親とかどうだろう?」

「それは確かにちょっとキモいかもしれない……それにしても。獣族で警部ね……ねえナっさん。彼女何歳なのか知ってる?」


 なっ、なんだって!?今この男、私の娘になるかもしれない少女になんて言った!?


「お巡りざぁぁぁーん!!!ロリゴンだぁぁぁぁぁ!!!」

「ばっ!違っ、違う違う!そういう趣味ない!いや、確かに警部さんは可愛いけど、俺どちらかというと年上趣味だし!!!」

「やはり君とは良い友人になれそうだな」

「握手求められちゃったよ」


 和解のシェイクハンド。年上好きに悪いイキモノはいない、コイツは良い男だ。


「えー……餅丸めるか。怒られたし。はあ、単純作業嫌いなんだよなー」

「手を動かしながら口も動かせばいいんじゃないのか」

「付き合ってくれるの?サンキュ!じゃあナっさんさ、オールコードって知ってる?」


 すぐさまケンサク。

『ケンサク結果:OK』

選択能力オールコード能力コードを応用した技。能力コードそのものに神話や御伽話などの「物語」を付随させることで、より強い力を引き出したり性質を変化させることが出来るもの。

 

「知っているですし。そのオールコード、がどうかしたのか?」

「ふふーん。俺、最近使えるようになったんだなこれが!見たいか?見たいか!?」


 ファクト渾身のドヤ顔ダブルピース。まあ、気にならないわけではないので。


「是非見せて欲しい……です?」

「なんで疑問形なんだ。まあ見たいと言われたら仕方ないな!よしじゃあ、あの瓶見てろよー?」


 ファクトは老人会の方々が餅を捏ねている机を指差す。そこには小さな胡椒瓶こしょうびんのようなものが置かれていた。

 ここからの距離だと大体3mくらい離れているが――


「今からアレをこっちに持ってくる――よし『Ctrl+A#飛び去り来たるは太陽の器オールコード オリーブ』!」


 ファクトの手に暗い黄緑オリーブ色のオーラが発生する。

 私の髪を風が撫でる、どうやら彼の手の中に風力が産まれているようだ。


「これを――それっ!」


 投げた、机の方に。真っ直ぐに飛んでいったオーラの塊は見事、瓶に当たって――

 


 なるほど、遠くのものを風で引き寄せるオールコードなのか。ということは元のコードは風だろうな。

 で、付随した物語は――


「――ん?」

「――えっ?」


 どうやら瓶の蓋が緩んでいたらしい。蓋が取れた瓶は風によってその中身――

 くだんお婆さんレディが餅にまぶしていた得体の知れない赤い粉末を纏いながら


 赤い世界が、我々2人を抱きしめる。


「きゃぁぁぁあああ!私の目!目がぁぁぁぁ!水!水くださいないか!?誰か助けて!え、お風呂あっち?行きます行きますあの民家ですかそうですかありがとうございます失礼しますあああああ痛い痛い痛い痛い……!」

「痛ぃぃぃぃっってえぇぇぇ!なん……!?唐辛子かこれ!?馬鹿なのか餅にまぶすもんじゃねえ何やってんだあの婆さん!うあぁぁぁ待っ……ヤバい目が開かないちょっ……ナっさん俺も引っ張ってって!1人じゃ無理……水……」



 ファクトを担いで自己ベスト更新する勢いでマラソン。民家に爆走。お風呂お風呂お風呂水水水水水!!!


 土足で民家に上がり込み水の気配を探知、音を頼りに脱衣所と書かれた扉を開ける。そこには服を脱いでいるマチカがいるがんなこたどうでもいい。


「………………え?」

「すまないお風呂先にいただきダイブ!悪く思うな!!!」


 裸の娘を素通りし風呂場の扉を開け、男2人、勢いよく飛んだ。


 弾ける水飛沫、風呂場に響く絶叫と安堵。


 ああ――労働終わりの風呂最っ高だな――


 私の意識は眼球と共に暖かな揺らぎの底に沈んでいった。

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