第9話 クエスト開始

 現在時刻は11時。

 空は雲ひとつない快晴、地には一面の緑。花々は風に撫でられそよそよとお喋りしている。あ、ちょうちょが飛んでる。

 のどかだなぁ、叶うなら素敵な伴侶とこうやってのほほんとしてたいなぁ。


「バーーーカ!本っっっとうに最悪だ!このウルトラ変態マジシャン!!!そのよくわからないセクハラ能力コードでこの世界から去ねっっっ!!!」

「アレで私に非があったなどと言われるとやるせないな。言っただろう?コードを消せなかったんだ。私はどうすればよかったんだ」

「お前が全裸になればよかったんじゃない!?」

「えっマチカ……」

「顔を赤くするな逝ねっっっ!!!」


 あの後、受付嬢をひん剥いたということで我々は別室連行。ギルドオーナーに経緯を説明弁明したところ。慣れないうちはコードの暴走はよくあること、今回は運が悪かった。また受付嬢ライアにも非があった、申し訳ない。

 ということで普通にクエストを受けさせてもらえることになった。そうして出遅れること1時間半、現在我々は仲良くヨモギを摘んでいる。


「というかお前どういうことだよ!せっかくクエスト色々他にも紹介してもらったのに!最初に見たクエスト、しかも1!」

「まあまあマチカ、まあマチカ。落ち着くがいい。私には私の考えがあると言っているだろう。信じてもいいと思うぞ」

「出遅れてるこの状況で大丈夫なわけないだろ!あー!ゴブリンとか突然暴れ出す緊急クエストこないかな!?そのままコイツ、ボコってくれないかな!?」


 魔族でケンサク。

『ケンサク結果:OK』

 ふむ、この世界の魔族は基本的にダンジョンテリトリー以外には出現しない。そのダンジョンテリトリーにもこちらから踏み込まない限り温厚であるため退治しなくて良いのか。

 稀に人間の住処に出てきてしまいパニックになって暴れる魔族もいるが、ちゃんと人間の縄張りテリトリーに入ってしまったと認識させてあげる(物理)と落ち着き近寄らなくなるらしい。


「ふむ、この世界の魔族は人類都合で狩猟や退治されてしまうイキモノなんだな。かわいそうに」

「少し前までは人畜無害だったから、一方的に狩られる存在だったけど。今はそうじゃないだろ?」

「というと?」

「ん?知らないのか?そもそも、アルコバレル学園は13年前突如現れた魔王が国を1つ滅ぼしたから生まれた施設なんだけど」


 そういえば学園は対魔王用人材集中育成機関だったか。突如現れた魔族の王とやらはどんな力を持っているのか。調べてみよう。

『ケンサク結果:OK』


「改造能力か……」

「うん、最近の法改正でダンジョンの無害な魔族も魔王に改造される可能性があるから退治される対象になったぞ」


 改造魔族、本来穏やかで無害な魔族達を魔王が改造した化物。Sレベルダンジョンのボスと同等かそれ以上に強力なモンスター。しかも例外なく非常に凶暴であり残酷、人類への殺意の塊。なるほど、強力だな。


「改造魔族から人民を守護し、最終的には改造魔族を産み出す魔王軍を完全滅亡させることがアルコバレル学園に入学した学生の使命となる。つまり学園生になるということは、命懸けの魔王退治に自ら志願するということになるね」

「なるほどな」

「無駄話は以上だ。よし、なんだかんだ良いペースでヨモギ摘めてるな僕。やると決めたからにはベストを尽くしてやる。ほら口じゃなくて手を動かせ手を!」

「そうだな。ちなみに、マチカは私が話したを信じたからあの場ではクエストを一つしか受けないことに文句を言わなかったのか?」

「……」


 マチカが一度手を止め、私に向き直す。


「上司から試験中は女神の遣いにやらせたいようにやらせろ、と言われているだけだ。で、改めて聞くがその話本当なのか?」

「ああ、正直蜘蛛がなんなのか私にもよくわかっていなかったが。さっきの話で理解できた。このままだとミネル村は蜘蛛かいぞうまぞくに滅ぼされる」


 ギルドで分岐ルートをケンサクした際に見えた結果。16時までにミネル村に迫る脅威に対応出来なかった場合、おぞましい光景が広がることになる。


 通り雨の後のように辺りを濡らす真っ赤な血、腹を裂かれた人、人、人。

 惨劇の只中で人骨のような節足を器用に動かし臓物を編み込む異形の蜘蛛。

 怪物――改造魔族アラクネネによる殺戮である。


「――本当か?いや、そもそも仮に改造魔族がここに出現した場合、すぐにミネル村の学生隊に連絡が入る筈だが」

「改造魔族は特殊な魔素を纏っているようだな。ルミエーラ王国の領地内に出現した場合はある程度事前に感知が可能。だから現場から最も近い場所を守護している学生隊が急行することになっていると」

「そうだ。だから」

「とはいえ私のケンサク結果上、学生隊かれらが勝てる確率は 0%ない。つまりこのまま我々が改造魔族を倒さなければ、ミネル村の学生隊は――」

「……」

 

 言いようによっては学生隊の死は名誉の戦死とも言えなくないが――


「知ってしまったからな。助けてみせる。私に実現可能な範囲であれば、だが」

「……救うために、選んだのだと?」

「ああ、私がもし女神の遣いなのだとしたら。この身体からだはそのためにあるのだろう。多分」


 女神エルミニイは私が女神エルミニイの望む私になるのなら、また会えると言った。

 それは漠然と、なんとなく、根拠なく、らしくもないが。善なるモノであることを指している気がするのだ。

 この身体うつわはきっとそのために。……身体からだ/うつわ?そういえば、――?


「……その眼、……」

「はっ。女神の遣いとしての報酬の話か?綺麗なお姉さんを紹介してくれるって?」

「超前言撤回する。くっそコイツやっぱ……イタッ」


 のどかな平原に少女の小さな小さな悲鳴が響いた。


「どうしたマチカ、どうどうマチカ、む。血か?」

「切った。お前が口ばっか動かして僕を注意力散漫にさせたからだぞ。舐めとこ」


 草で指を切ったようだ、白樺のような指に血が滲み出している。痛いやつ、これ痛いやつだな。


「任せろ。指を貸せ」

「は?何何やめろ触るな掴むな気色悪」

「『#    コード ヌル』」



 マチカの指に、『#    コード ヌル』の使用。

 使用と同時にマチカが2m飛び退いてその場でしゃがみ込んだ。


「なん……!おまっ、はあ!?受付嬢だけじゃなくて僕の裸まで見ようとするのか!?ペド野郎が!死ねっっっ!」

「いや違う。ギルドで被験者ひがいしゃが出たおかげで、このコードで最低限出来ることの範囲はわかったから活用してみただけだ。傷はどうだ?」

「僕を無断で被験者ひがいしゃにするんじゃ……え?指の傷は塞がっていないのに、?」

 よし、痛みをが出来たらしい。残念なことに『#    コード ヌル』についてはケンサクしてもNGが出たので、実際に使用してみて効果を紐解いていくしかない。


「さて、仕事が出来ない男はモテないからな。さっさとヨモギ摘みを終わらせよう。なんだマチカ、私よりヨモギが少ないぞ?ほら口じゃなくて手を動かせ手を」

「ぶん殴っていいかお前!?」


 マチカを小突き小突かれつつ、筒がなくヨモギ採集は完了した。

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