第7話 ライアの罠

「――――」


 ライアちゃんは一瞬フリーズしてから、すぐにふいっと顔を逸らした。そして手をもじもじさせながら


「……契約書あるけど、その。あたし気が変わっちゃうかも、今すぐ受けてくれないとー……」


 と言った、わかりやすいな。さっきまでの余裕はどこへやら、物凄く動揺している。

 彼女不意を突かれるのに弱いようだ。キュートだ。あと5年、いや4年か……


「断るつもりはない。ただ、冒険者ギルドでクエストを受注する時は必ずをセットで提示されるはずだろう?」


 依頼者からの依頼内容と、その内容からギルドがレベルと貢献値を決定し書き起こした依頼書。

 そして、クエスト達成時冒険者へ払われる成功報酬とそこから引かれる税と仲介手数料の割合、加えてクエスト納期遅延のペナルティや支払方法など生々しい取り決めが細かく記載された契約書。

 冒険者はこの2つの書類に拇印ぼいんをして初めてクエストを受けられる。

 ただし――それは通常時のギルド・アノニムの話。


「あっそうだ!今日は契約書ナシでもクエスト受けられるんだよお兄さん!」

「そうだな。アルコバレル学園入学試験中は特例として拇印ぼいんクエストを受けることが出来るのだろう」


 それはなぜか?受験者の目的は金銭ではなく、貢献値を稼ぐことだからだ。

 極論、

 それを見越して今日一日だけは依頼者が最低報酬のみ払う契約書がなくていいタイプのクエストが集中してギルドに集まっている。


「そうだよ!だからぁ」

「だが、君が私達に提示した依頼書は。君の魂胆は見え透いている。私の契約書をマチカ警部にもわかるように見せてもらおうか」


 彼女はそのシステムを利用し悪事を働いている。

 今日は契約書なしでもクエストの受注が出来る。それは仮に、冒険者に提示することなく依頼を受けさせられるということ。

 特に焦っている受験者なら尚更、さっさと依頼書にだけ拇印ぼいんしてクエストに出かけたいだろう。

 だから彼女は――


「……なるほどね、完全に理解した。

 おい君、僕たちの契約書に細工してるな?それ全部本当は契約書のあるクエストなんだろ」

「うっ」

「大方、契約書の備考欄に『報酬金は担当の受付嬢にチップとして全譲渡』とでも記載したか?まさか警部ぼくにふっかけようとするなんて。これだから人間は……」

「ち、ちがっ……!流石にあたしも警部さんからお金取りませんよ!?あたしが掠めるのはそっちのカモ……あっ」


 ライアと目が合ってしまった。露骨に顔を逸らされる。チワワのように震えて青くなった顔が可愛いらしい。

 

「マチカ〜」

「最後まで糾弾きゅうだんしろ、お前が始めたんだぞ」


 ここで一時停止ポーズは出来ないらしい。仕方ない。


「ライアちゃん、君は用意周到だから、契約書が存在するクエストを1つだけにして万が一追求されても『契約書は(1つを除き)ない』とシラを切れるようにしている」

「……っ」

「加えて君が手を加えているのは私の契約書だけだ。このまま依頼を完遂するとマチカの冒険者用口座にはしっかり報酬が振り込まれる。私が意を唱えなければ発覚しない完全犯罪だったというわけだ」

「……っっ」

「この世界の道徳ルール上、そういうのは好ましくない。もしまた同じことをする場合は、無事ではすまさないだろう。警部マチカが」

「悪質だしな。というか証拠が揃えばもうこの時点で逮捕状用意できるけど?」

「……っっっ!」


 ライアは下を向き唇を噛んで震えている。まるでハムスターのように頬を赤く膨らませているのも愛くるしい。


「……もういい!受けないんでしょ!?あの行列並んでくればいいよ!どんだけ時間かかるかなんて知らないけどね!!!」


 えっ、それは困る。あのクエストを受けられないのはとても困る。


「待って欲しい。私の報奨金は全部持っていっていいからクエスト受けさせてくださいライアちゃんお願いします」

「本当!?いいの!?」

「そういう問題じゃない!お前以外にもう被害者が出てるかもしれないだろうが!」

「今日はまだ、あたしやってないし!」

ぁ?お前――」


 なんか、わちゃわちゃしてきた。こうなってしまうことを予測ケンサク出来たなら指摘しなければ良かったか。

 ――いや、わかっていただろう。マチカの答えも見えていた。私は、わかった上で――


「よーう?さっきからコッソリ聞いてりゃ何やら楽しそうじゃねぇか。せっかくだから俺たちも混ぜてくれよ」

「そうだそうだ、俺たちもそこの怪しい受付嬢ちゃんとお話したいんっすよ〜」


 全てを有耶無耶うやむやにする起死回生きしかいせいの一手を待っていたのである。

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