第2話 女神と私

「おきてください!」


 眼前には純白と不明瞭な人物の顔、及び圧倒的閉塞感。

 体を起こそうとして顔面が純白に埋もれた。ぷにっと柔らかく暖かく、甘いミルクを彷彿とさせる良質な匂い。

 適切な表現を選出、さながら赤ちゃんのほっぺに頬擦りするような――否、これは――


「きゃっ……やだ…やめっ……」

「おっぱ……!?」


 現肉体の倫理基準に換算、すなわち犯罪まっしぐら。少女のあえやかな声が周囲に響く。遮蔽物の何もない、明るいのに真っ黒な広い広い空間。

 これは幸い、つまりは罪人へんたいとがめるものが誰一人いないということ。

 ――と、私にまたがっていた誰かが体勢を崩し倒れ込んだ。その細い手が私の下腹部のあたりをなぞって――不明な感覚に襲われる。


 


「うぅ……」


 下腹部の違和感を確認するより前に、私の意識は澄んだ唸り声によって眼前のそれに引き戻された。


 私の身体に乗っているのは少女だ、見た目は小学5、6年生くらいだろうか。

 長く艶やかな白い髪が角度によって七色に輝いているように見える。綺麗なものだ。

 しかし下着が丸出しなのはいかがなものか…彼女の服装はかなり際どいシースルーでこれでは着てないも同然だ。女性にとって冷えは大敵、厚着をした方が良いと思考する。

 とりあえず、上半身を軽く起こして少女に話しかけてみよう。


「幼痴女、私はロリータコンプレックスパラフィリアじゃない。そこをどけ」

「開口一番にそれですか!?もう少し現状に熱暴走オーバーヒートしてくださーい!」


 少女はガバッと体勢を変え、私の耳に口を寄せて。


「改めておはようございます。

 そして、はじめまして。女神わたくしの愛しい――だ ん な さ ま ♪」


 嘲弄と愛玩の声色メスガキウィスパーボイスでそういった。




 ――――――――――――――――――――




「つまりは――身も蓋もない言い方をしてしまえばぁ、女神わたくし爆発的美少女ビックバンビューティーエルミニイの手違いになりますね☆」

「なるほど、私は君のせいで乙女の恥部に顔を埋めて目を覚ましたのか。生前はとんだ役得体質ラッキースケベだったのだろうな」

「いやそんなことは……ないとは言い切れませんねぇ……」


 眼前の女神によれば、私は彼女の手違いで意図せず死んでしまったため、ここに呼び出されたらしい。……のだが、困ったことに。


「軽くしてみたが、NGが出るな。死ぬ前の記憶が出てこない。私は本当に死んだのか?」

「ああ、かわいそうなだんなさま。女神わたくし、稼働して以来最大の失策エラーです……まさかあんな簡単に死んでしまうなんて……」


 よよよと口に出しながら彼女は手で顔を覆う。私の身体にいまだまたがったままで。

 重くはないが、なぜだか下腹部のむずむずが少しづつ大きくなっていくので、可能な限り早急に。


「まあそんなことよりだ女神。ひとまず私の上から降りてくれ。そして今の状況と加えて私自身の状態について、教え」

「そのお詫びと言ってはなんですが!なんと!

 女神わたくしだんなさまを生前恋焦がれていらした剣と魔法の世界に転生させてあげちゃいます!

 さらに今なら、だんなさまに無敵チート素敵デート能力コードを一つ差し上げちゃう豪華特典付きで!」

「……能力コード?」


 知識に無い概念だ。すぐさまをかけてみる。

『ケンサク結果:OK』

 どうやら、女神が創造した剣と魔法の世界。そこに存在するイキモノ全てに発現する女神が与えし祝福スキル#コード、と呼称するらしい。


「うふ♡特典プレゼントの中身は後でゆっくり吟味してみてくださいな」

「異世界で有用な能力を授けてくれたということか?ありがとう!!!……いや、少し待って欲しい。なら私の生前についての情報きおく授与プレゼントして欲しいのだが」

「……過程これまでのあらすじよりも、結果じかいよこくの方が重要だと思いませんか?」

「なるほど、渡すつもりはないと言うことか」

「いぐざぐとりぃ♡お求めの品は品切れでーす。ざーんねん♡」


 現状を整理しよう。今の私は生前の記憶が出てこない。そして記憶がないまま、剣と魔法の世界に転生させられようとしている。

 例えるなら、動機も目的もないまま攻略本片手にRPGのプレイを強要されている……といったところか。


「ついでに言えば、能力コードの返品交換も受け付けません♡そもそも女神わたくし

 ソフトを弄るのは得意なのですが……

 肉体ハードは成功した試しがなくて……

 今の貴方を弄ると最悪、平面2Dになっちゃうかもですし」

「私はイラスト2Dになれるのか!?興味深い、どこにプリントして貰おうか……」

どこパンツ見て言ってるんですか!?自重してください!女神わたくし猛省しておりますがだんなさまの自家発電じしゅきせいをお手伝いするつもりは毛頭ありません!」


 ロリ女神は猫のように私の身体から飛び退いて、下着を隠そうと小さな手でベビードールを引っ張っている。

 まあ、透けているのでその行為はほぼ無意味なのだが。


「こほん。女神わたくしから案内することは以上です。残りの疑問点クエスチョンは適当に検索しわかってください。。というわけで早速復活リブートしちゃいますね☆」

「待て、まだ確認事項イチャイチャしたいが」

「ではではだんなさま〜♪良い異世界転生ニューゲームを〜♪」


 周囲に尋常ではない速度で真っ白な見慣れない言語が飛び交う。

 色々と言いたいことや、聞きたいことがまだある、が――


「エルミニイ!また会えるか!?」


 白い文字列に呑まれて消えていく、幼い女神にそう叫んだ。


「――さあ?貴方が、、また会えるかもですね?」


 ――かくして私は自分が何者なのかもわからないまま、異世界転生ニューゲームするのだった。

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