第13話 歓待とエスメラルダの年齢相応な一面

「なんと……あのキルソードカリブーの群れを討伐してくださったと⁉」


 山の中腹にある寒村に着いた俺達を迎えたのは、村長と思しき老人であった。まだ杖こそついていないが、もう畑仕事のできる年齢ではあるまい。いや、だからこそこうして皆の取りまとめ役に専念しているのか、などと益体もないことを考えつつ先ほど山中にて遭遇した魔物の群れについて取り急ぎ報告をしたところ、返ってきたのが先の言葉であった。


「ええ、まあ。放置するわけにもいきませんでしたから」


 どの道逃げられそうにはなかったし、とまでは言わない。言わなくてもいいことは、言わぬが花である。

 おかげで老人は年齢に似合わない大声を上げて驚愕してみせたのだった。


「外ではご老体に差し障るでしょう。よろしければ屋内にて詳しい話をしたいが、いかがか?」

「そうですな、軍人さん相手に立ち話も失礼ですからな……。どうぞ、中へ」


 言うが早いか、老人はこちらを振り返ることなく自分の家へと足早に向き合ってしまう。意外にも足腰は元気らしい。この様子なら畑を耕すくらいのことはしてのけるかもしれない。


 老人に案内されて入った家は、お屋敷————とまではいかないが、少なくともこの村で一番大きな家ではあった。どうやらここが彼の住まいのようだ。来客を泊める施設としての側面も兼ねているらしく、言わば村長とは名主や代官のような立ち位置なのだろう。この村には官吏や貴族がいるようには見えなかったので、きっとそうに違いない。


「して、キルソードカリブーは何体ほど?」

「我々が遭遇した群れは全部で一一体。すべて討伐しました」

「すべてを⁉ 一一体もいたのに……たったお二人でですか⁉」

「中尉殿はお強いのです」


 先ほど以上に驚愕しながら老人は叫ぶ。このままでは腰を痛めてしまいそうな様子だったので、少しだけ心配になってきた。そんな俺の内心などどこ吹く風とばかりに、エスメラルダは横で俺を持ち上げる発言をちまちま挟んでくる。いつの間にやら随分と懐かれてしまったようだ。


「ご老人。村で確認されていた魔物は、あれで全部だろうか?」

「ええ……。山に出掛ける若い衆からの報告を聞いただけですが、一〇かそこらの数だったと記憶しております」

「キルソードカリブーは群れを作る習性がある……。となれば、あれで全部だった可能性が高いか」


 最後に倒した一際大きな個体が群れの主だったんだろう。知能が他の個体よりも高かったおかげで、あの個体だけが唯一彼我の戦力比を認識し逃げるという判断を下すことができたわけだ。その賢明な判断も虚しく最後は撃ち抜かれて絶命した主だが、もしあの個体がいなければキルソードカリブーの群れが村落にまで山を下ってくることもなかったかもしれないと思うと、若干複雑な気持ちにもなる。

 今回の件で人死にが出ていないことだけが不幸中の幸いだが、それでも主な産業が林業であるこの村の木こり達にとって山に入れない日々が一定期間あったという点では実害は既に発生しているのだ。しかも冬本番に差し掛かる前の大事な時期である。例年よりも大幅に早い雪の到来もあいまって、彼らが今年の冬を凌ぐ上でかなり厳しい生活を強いられるだろうことは想像に難くない。


「今年は雪が随分と早くきました。そんな前兆は無かった筈なのですが」

「キルソードカリブーが下山するきっかけとなった雪崩の原因も、そのあたりにありそうですね」

「まだ冬というにはやや暖かい。そんなところにこれだけの雪が降れば、そりゃあ雪崩も起こりますよ。おかげでせっかく軍人さん達に魔物を討伐してもらったのに、うかつに山奥へ立ち入ることもできません。困ったことです」


 聞く話によれば、彼らが管理している森は山を少し上った辺りにあるようで、そこは俺達がここに来るまでに通った山道とは違って雪崩が起りやすい地形なんだそうだ。日当たりや斜面の傾斜具合が色々と関わっているそうだが、山育ちでない俺にはあまりしっかりと理解できなかった。

 ともあれ、この季節外れの大雪が今回の騒動の元凶であることに間違いはなさそうだ。


「自然現象が相手では、流石の中尉殿にもどうしようもありませんか」

「お前は俺を何だと思ってるんだ?」

「中尉殿は……中尉殿では?」


 まるで天候以外が相手ならどうにでもなるみたいな言い草のエスメラルダだが、当の本人は自身の発言に何の違和感も覚えてはいないらしい。俺だって人間なんだから、できないことだっていくらでもあるというのに。


「軍人さん相手に愚痴を言っても意味はないですな。聞き苦しいことを聞かせてしまいました。貧乏な村ですからたいしたもてなしはできないとは思いますが、せめて旅と討伐の疲れを癒していっていただければ幸いです。この村には薪だけはたくさんありますから、温かい風呂を用意いたしましょう」

「ほう、湯ですか」

「帝都の貴族でもないと毎日は浸かれない湯船ですね!」


 エスメラルダが目を輝かせながらはしゃぎだした。こういうところは年齢相応なんだなぁ、と意外な一面を発見して新鮮な気持ちになった俺であった。






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