第12話 名前で呼んで

「ふぅー……。オールクリアだな。お疲れ、少尉」

「……はい」


 すべてのキルソードカリブーを倒し終えたことで、ようやく一息つけるだけの余裕が戻ってきた。周辺の白い雪景色は、キルソードカリブーに食い荒らされた野生動物達の赤と、つい今しがた肉塊へと姿を変えた奴らの青との二色に染まっている。

 あまり長いこと眺めていたい光景でもない。だが今は流石に一休みしたい気分だった。


「アルトマイアー少尉、よくやったな。もう少し苦戦するかと思っていたが、想像よりも遥かにうまく立ち回れていたじゃないか」


 まさかエスメラルダがここまで戦力になるとは思っていなかった。一部のスペックに限れば俺よりもよほど高い水準にはあるものの、彼女は実戦経験に乏しい。良くて足を引っ張らない程度、最悪は足手まといになる可能性すら想定していたのだ。

 ところが蓋を開けてみればこの善戦っぷりである。驚嘆すべきはエスメラルダが戦闘中にも成長していたことだろう。当初はただ放つだけで精一杯だった『魔弾』を、途中から威力を絞ったり、はたまた貫通力に特化させたりと色々応用にまで手を伸ばしていた。おかげで多少なりとも助けられたくらいだ。

 俺の作った魔力コンデンサがなければ相変わらず魔法一つまともに使えない彼女だが、それでも着実に成長してくれているのは指導者としてやはり嬉しいものだな。


「あの、中尉殿……」


 と、そこでエスメラルダが少しだけ俯いて話しかけていた。


「どうした?」


 戦闘が凄惨だったから精神的に不安定になっている————わけではないだろう。こいつは曲がりなりにもを経験している。あの時はまだ民間人だったし、ほとんど無我夢中だったからトラウマになるほどの場面にも出くわしてはいない筈だ。PTSDを発症したとも考えづらい。

 では、エスメラルダのこの何かを言おうにもなかなか切り出せない感じのもどかしい様子はいったい何だろうか?


「先ほどのように名前で呼んではくれないのですか?」

「名前?」


 ……そういえばさっきは戦闘中の昂りもあって、つい咄嗟に彼女のことを階級や苗字ではなく名前で呼んでしまったような気がする。

 いけない、軍人なら公私混同は避けるべきだ。俺とディートリヒのように私人としても親しい間柄であるならばともかく、そうではない————加えて言えば異性の部下を名前で呼び捨てにするのは、少々コンプライアンス意識に欠けていたと反省せざるをえないだろう。


「すまない。あの時は焦っていてつい呼び捨てにしてしまった。気に障ったなら謝ろう」

「あっ、いえ! そうではなくっ……できれば今後もそうやって呼んでいただければ嬉しいのですが……」

「嫌じゃないのか?」


 エスメラルダがどう思っているかは知らないが、俺は彼女よりも五つは年上で大人の男なのだ。年頃の娘的にはあまり馴れ馴れしくされたくなかろうというのが俺の予想だったんだが。


「嫌だなんて、そんな。私は中尉殿を上官として尊敬し、一人の人間として敬愛しております」

「大袈裟な奴だな。上官って言ったってせいぜい階級一つ分しか違わないんだ。そこまで世辞を言わなくても良いんだぞ」


 そう言うとエスメラルダは頬をリスみたいに膨らませてぷりぷりと怒りだした。


「お世辞なんかじゃありませんっ。私の本心です!」

「そ、そうか」


 なんというか、変わった奴だ。俺はあまり多くの人間から慕われるような人間性をしてはいない。にもかかわらずこうして懐いてくれるというのは、ありがたいが少し不思議な感覚でもある。いずれにせよ、あまり見かけないタイプだ。


「じゃあ、エスメラルダ」

「はい!」


 満面の笑顔で元気よく答えるエスメラルダ。俺はそんな彼女に苦笑しつつ、次の行動予定を伝える。


「村が近い。少しだけ休憩もできたし、先を急ぐとしよう」

「わかりましたっ!」


 気が滅入るような雪山も、目の前の少女のおかげで少しだけ楽しめるような気がした。






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