第11話 善戦

 一抱えはある大玉の『魔弾』が群れの中心部へと着弾し、大きな爆発音とともに衝撃をまき散らす。周囲にいたキルソードカリブーの数体が、衝撃に耐えられず全身を挫滅させながら吹き飛んでいった。

 真っ青な魔物の血が周囲の景色を寒々しく染め上げる。


「血が青い……」

「そうだ。魔物は普通の生き物とは違う。奴らには俺達と同じ赤い血は巡っていないんだ」


 成績優秀なエスメラルダが知識として知らない筈もないのだが、実際に目にしたことはなかったのだろう。目を疑う衝撃の映像を前に、思わず動揺してしまうのは仕方のないことだ。

 だからこそ、不本意ながら実戦経験を豊富に持つ俺がカバーしてやらねばなるまい。

 二発目以降を散弾から、ストッピングパワーの大きいスラッグ弾へと変えておいたショットガンを構えて、最も近い距離にいた比較的軽症のキルソードカリブーへとぶっ放す。


 ――――ズドォンッ……!


 自慢の鋭利な角を砕けさせて、頭蓋の中身ごと飛び散らせる魔物。ほんの二、三秒ほどたたらを踏んでいたキルソードカリブーは、やかて力なく崩れ落ちた。


「まだまだだ! エスメラルダッ、次弾装填急げ!」

「は、はいっ!」


 初めての戦闘任務で戸惑うことばかりだろうが、指示を出せばきちんと動けるのがエスメラルダの良いところだ。

 彼女は俺の叱咤を受けてすぐさま気を引き締め直すと、その溢れんばかりの魔力をコンデンサへと注ぎ込んで『魔弾』を生成する。今度はやや小さめで、かつ貫通力を高めたものだ。敵味方が入り乱れる接戦では、爆裂タイプの『魔弾』は使い勝手が悪い。

 それを誰に言われるでもなく自分で考えて選択できるあたり、やはりエスメラルダは軍人として十二分に優秀だ。


「行きます!」

「おうっ」


 彼女の掛け声に合わせて飛び退ると、その脇をすり抜けるようにして『魔弾』が空間を切り裂いてゆく。器用なことに回転までかけられた『魔弾』は、前方にいた大型のキルソードカリブー数体をなぎ倒すようにして貫いていった。


「大戦果じゃないか」

「ありがとうございます」


 これで残りは四体だ。エスメラルダを守る配置を俺が取りつつ、『魔弾』で遠距離から一体ずつ倒せば削りきれる数でしかない。


「俺がお前を守る。少尉、残りを一体ずつ確実に狙っていけ」

「わかりました!」


 興奮した手負いの一体が突っ込んできた。仲間を殺されたことに対して憤慨したわけではあるまい。そうであるならば、このように狂喜の表情をするわけがないのだ。

 もちろん魔物に表情はない。表情筋が無いのだから当たり前の話だ。だがその昂った感情を滾らせた瞳は嘘をつかない。奴らは俺達を殺すことのみに全神経を集中させ、俺達の肉体を切り裂き臓物をぶち撒ける未来を想像して、歪んだ歓喜の感情をその瞳に湛えている。

 ゆえにその視線は生理的な嫌悪を俺達人間に与えるのだ。


「はぁああっ」


 この距離では次弾の装填が間に合わない。そう判断した俺は左手のショットガンを地面に放り捨て、右手に持った刀へと魔力を注ぎ込んだ。

 十数年前に制式採用された何の変哲もない鍛造の軍刀だが、俺はこいつがいたく気に入っていた。稀代の業物とは流石に比べようもないが、量産品にしては上限に近いほどの強度と斬れ味、そして導魔力性能。先代の鋳造刀とは比較にならない信頼性と実績で、軍人達からは広く愛用されていた。

 かく言う俺もその一人だ。俺は銃も使うが、それと同じくらいには剣術も得意である。士官学校時代の剣術大会で何度か優勝したことは、俺のささやかな自慢だ。


 キルソードカリブーの角に負けず劣らず鋭利な刃が、雪の光を反射して鈍く輝いた。魔力を吸って魔刀と化した軍刀を構えた俺は、左足に魔力を集中させ『身体強化』を施す。

 あと数秒で交錯する距離にまでキルソードカリブーが近付いてきたところで、俺は勢いよく飛び出した。意表を突かれたキルソードカリブーは、しかし勢いのついたその巨躯を制御しきれない。結果、不完全な形で俺の斬撃を受け止める羽目になった敵は、ろくな抵抗もできずに青い血潮を噴き出して刀の錆となった。


「速い……」


 次弾を生成しながら、エスメラルダが呟く。さもありなんだ。『身体強化』魔法を修めた人間とそうでない人間の間には、埋めようがないほど大きく運動能力に差が生まれる。これまでろくに魔法を制御できなかったエスメラルダにとっては、今の俺の動きは目にも留まらぬ挙動に見えたことだろう。


「気を抜くなよ、まだ来るぞ」

「はいっ」


 俺の掛け声で気合を入れ直したエスメラルダは、先ほどよりもさらに鋭く、かつ回転数を増した『魔弾』を連続で撃ち出した。


 ————ドッ……ドッ……!


 それぞれが寸分の狂いもなく命中した。片方は頭部を爆散させ、もう片方は胴体を千切れさせながら数メートルほど吹き飛んでいく。強力無比なエスメラルダの『魔弾』に、慈悲などありはしない。


 最後の一体になってようやく己の不利を悟ったのか、一際大きな個体がこちらに背を向けて逃げ出していく。奴らの足は速い。この距離ではもう追いつけないだろう。

 即座にそう判断した俺は、つい先ほど地面に投げ捨てたショットガンを拾い上げ、クルリと銃を一回転させて次弾を装填。魔力を練り上げ、『射程延伸』と『貫通力増大』の魔法式を構築し、眼前に狙撃用観測魔法『望遠視』の魔法陣を展開する。


「逃がさねえよ」


 本来、ショットガンとは白兵戦や屋内戦、塹壕戦なんかで最もその威力を発揮する火器だ。狙撃をするのにはまったく向いていない中・近距離火器である。

 だがそれを強引になんとかしてしまうのが銃魔法の強みであり、俺の強みでもあった。俺は特に固有魔法や希少属性を操れたりはしないが、誰でもできる基礎魔法を誰よりも高水準で扱えた。だからこそ技術士官志望でありながら精鋭部隊なんぞに配属され、前線に飛ばされる羽目になったのだ。

 言い換えれば、俺は魔法兵として紛れもなく一級品である。できれば技術士官としてもそうでありたいが、残念ながら今のところ俺の技術士官としての評価は魔法兵としての評価ほど高くはない。


 ――――ドッ……!


 狙い澄ました一撃は寸分違わず命中し、こちらに間抜けな尻を見せていたキルソードカリブーの胴体を撃ち抜く。通常よりも遥かに威力を増した一撃を喰らった敵は、その巨躯を憐れになるほどあっさりと爆散させて雪の地面へと崩れ落ちた。







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