第8話 初任務

「なに? 北方の村に凶暴化した魔獣が?」


 エスメラルダに魔力コンデンサをプレゼントしてから数日後。気がつけば肌がピリつくほどの寒波がやってくる季節になっていたことに驚きつつ、呼び出しに応じて司令官室へと赴いた俺に対し、大佐殿が告げたのが先の内容であった。

 大佐殿の傍らには、半ば副官的ポジションにある主計科のクラウスナー中尉の姿もある。彼女はボードに挟んだ紙束をペラペラとめくりながら、詳細を付け加えてきた。


「そう。厳密には村周辺の山林で、が正しいわね。どうも雪崩が起こったせいか、棲息地を追われたキルソードカリブーの群れが村周辺に流れ込んできているらしいわ」

「キルソードカリブーか。厄介だな」

「あら、前線帰りのメッサーシュミット君でもそう思うの?」

「俺はあまり戦いを好まないんだよ。知ってるだろ」


 大佐殿の前とはいえ、何も言われないということは私的な会話が半ば黙認されているとみていい。ゆえにこうして愚痴のようなものすらこぼすことに抵抗のない俺だが、上官の前で愚痴を言える程度にはキルソードカリブーとは厄介な魔獣であった。


 この世界に魔獣という存在が現れて早数百年。厄介な隣国の出現と同時に姿を現した奴らは、その強大な繁殖力と戦闘力でもって瞬く間に在来の野生動物群を淘汰し、気づけば世界のかなりの広範囲にその棲息域を拡げていた。

 その種類は実に多種多様だが、総じて言えることは皆一様に気性が荒く凶暴で、身体の一部が殺戮に特化した形状をしており、そして人類や在来の野生動物らを目の敵にして問答無用で襲い掛かってくることである。


 長年研究はされているが、その正体はいまいちよくわかってはいない。少なくとも隣国の出現以前にはいなかったことだけは確かだ。ゆえに俺達は魔獣を隣国の奴らと同様、「侵略者」として扱う。


「キルソードカリブー……、確かに木こりが主体の村民には対処が難しい敵だろうね」


 そこで大佐殿が口を開いた。

 キルソードカリブーとは、その名の通り頭から生えている角が鋭い刃状になっている大型のトナカイである。単に鋭いだけではなく、複雑に枝分かれした刃の角は殺傷力が非常に高い。巨大な体躯を支えるだけの脚力で勢いよく突っ込まれたら、それだけで人間など軽く真っ二つになってしまうだろう。

 真っ二つで済めばまだましなほうかもしれない。もしかしたら全身細切れにされてバラバラ猟奇殺人の被害者になってしまうかもしれないのだ。

 そんな尊厳破壊巨大生物が、群れで村の周辺をうろつき回っている。なるほど確かに恐怖だろう。


には、これの群れを討伐してもらいたい」


 大佐殿が、やけに「達」の部分を強調して言う。これは目の前のクラウスナー中尉と俺で、という意味ではないだろう。


「失礼。君とは?」


 わかってはいるが、それでも訊ねざるをえないのが歯がゆい。できればそうであってほしくないと願いつつ質問した俺に対し、大佐殿は満面の笑みであっさりと一縷の望みをへし折ってくれた。


「アルトマイアー少尉とメッサーシュミット中尉の二人だね」

「……少尉は軍人になってからまだ一度も実戦を経験していない新兵ですが、それでも?」

「その記念すべき初陣を、他ならぬ指導担当の君が見てやるのさ。実に師弟愛溢れる展開だとは思わないかい?」


 ニッコニコの笑顔が実に腹立たしい。誰が好き好んでオッサンの笑顔なんぞを見たがるのだろうか。まったく、相変わらずの狸親父っぷりである。


「了解いたしました。メッサーシュミット中尉、命令を拝領いたします」


 だが命令とあれば仕方がない。引き受けるまではゴネにゴネるのが俺の標準スタンダードだが、一度命令が下された以上は従わざるをえないのが悲しき軍人の性である。


「クラウスナー中尉」


 大佐殿が軽く頷いてクラウスナー中尉に目線を送る。


「はい。……詳細はこの命令書に書いてあるわ。また何か疑問点等あれば出発前に教えてちょうだい」

「わかった。遠征に際して物資はどの程度支給される?」

「一週間分の糧食と衛生用品、それから多少の現金が経費で支給されるわ」

「一週間か」


 長いようで、案外短い。そのくらいなら実戦経験の無いエスメラルダでもなんとか耐えられるだろう。冬場の山での行軍演習は士官学校でもしこたま経験している筈だ。


「それでは準備が整い次第、任務へと向かいます」

「よろしく頼むよ、中尉」

「は」


 かくして俺とエスメラルダの初任務は雪山と決まったのだった。






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