第7話 魔力コンデンサと等身大の少女

「少尉。これを着けてみてくれ」

「これは……ブレスレットですか?」


 数日後。研究開発室にて、俺はエスメラルダに試作の魔導ブレスレットを手渡していた。ブレスレットには深紅に輝く大きめの宝玉が埋め込まれている。一般に「魔石」と呼ばれる、高い魔力伝導性を持った鉱物の結晶体である。大気中の魔素密度の高い火山や地下深くでしか産出しない希少鉱物だが、今回俺は上層部うえから支給されている少ない研究費を目一杯つぎ込んでこの魔石を調達していた。

 本来なら数日で届くことなどない戦略物資の一つなのだが、事情が事情である。上を説得するための資料を数十ページにもわたる量で送り付けた甲斐あって、こうして無事に俺の手元へと迅速に届けられたというわけだ。

 むろんしっかりとその分の金はむしり取られたが、気にすることはない。きちんと成果を出しさえすれば、お釣りも追加で必ず戻ってくるだろう。これはいわば先行投資である。エスメラルダという規格外の可能性の塊を、実際に運用可能な戦略兵器へと成長させるための博打なのだ。


「これはお前の規格外に大きな魔力を溜めこむための魔力コンデンサだ。お前の高い出力に耐えられるよう遊びを持たせてあるから、ロスは非常に大きいが……その分、滅多なことでは壊れないくらい頑丈にできている。これなら思いっきり魔力を注いでも問題ないぞ」

「……っ、ありがとうございます!」


 愛おしそうに自分の腕にはめられたブレスレットを撫でるエスメラルダが、期待と興奮でほころぶ頬を隠そうと必死に取り繕いながら頭を下げてくる。

 俺はそんな彼女の頭を軽くポンと叩くと、部屋を出るべく扉へと向かった。


「早速、実際に動かしてみよう」


 あまりもったいぶっても、エスメラルダが可哀想だ。新しい力を手に入れたからには、一刻も早くその力を振るってみたいだろう。


「はい!」


 見えない尻尾をブンブンと振り回しながら、エスメラルダは元気よく後ろをついてくる。そんな彼女に押されるようにして、俺達は野外演習場へと足早に向かった。



     *



「万が一の誤作動があったら、また前みたいに俺が『防壁』を張ってやるから安心してぶっ放せ。……まあ、簡単に壊れるようには作ってないから問題はないと思うけどな」


 自慢ではないが、俺の本分は技術職こちらなのだ。断じて戦闘職ウォーモンガーなどではない。なまじ戦闘も平均以上にこなせてしまうせいで前線なんぞに配属されてしまったが、本来俺は士官学校時代から技術士官を志望していたのだ。

 恨むべきは、常に人手不足の軍そのものである。それもこれもひとえに領土的野心を隠そうともせず虎視眈々と国境を狙っている隣国が悪いのだが、だからといって「やめてください」などと伝えても、それであちらさんが侵略の手を緩めてくれる筈もない。

 そんな状況で軍の規模を縮小しようものなら、一も二もなく連中は元気にフル武装ハイキングを敢行するだろう。もちろん行き先は我が国の領土である。ゆえにこの常時火の車状態の現状は、致し方ない部分もあるのだ。

 そんなことなど、しがない技術士官風情の俺とて重々承知である。頭では理解した上で、それでも感情は納得しないのだ。現場の人間あるある、である。


「それではいきます」

「ああ」


 だがそんな停滞した状況も、もしかしたらこいつの戦力化に成功すればあるいは変わるかもしれない。少なくとも上はそう考えている。だからこそ、ここまで多額の予算が付くのだ。今エスメラルダの右腕にはまっているブレスレットに、いったいいくらの予算をつぎ込んだのか。思い出すだけで寒気がするほどである。

 軽く俺の年収の数年分以上はかかっただろうか? 俺の年収が低いのか、それとも必要経費がバカ高いのか、わからなくなってくるほどだ。むろん両方という可能性も捨てきれない。


 深呼吸を一つしたエスメラルダが、全身を巡る魔力を練り上げた。ここまではいつも通り、問題なくやってのけている。問題はこの後だ。

 彼女はそこで、いつもなら右掌に集める筈の魔力を右手首の辺りに収束させた。すると異常な魔力密度に感応した魔石が紅く輝き、周囲の魔素を猛烈な勢いで吸引し始める。ロスが非常に大きいためかなりの割合で魔素が大気中へと霧散していくが、その内の数%ほどはきちんとブレスレットへと吸い込まれている。


「ようし、そのくらいだ。あとは自分の体内じゃなくて、ブレスレットの魔力を意識しながら魔法を使ってみろ!」

「はいっ」


 大きく返事をしたエスメラルダは、そこで魔力の注入を停止して魔法の発動段階シークエンスへと突入した。迅速に展開される魔法陣。魔法式の記述速度は流石優等生というべきか、元一〇三大隊員の俺をしてなかなかの速度だと評せざるをえないくらいには素晴らしい。

 そしていつもなら、ここで規定量を大幅に超える魔力を注ぎ込んでしまって魔法式がエラーを引き起こし、暴走してしまうのだが……今日は違った。

 きちんと定量に抑えられた魔力がブレスレットから魔法陣へと供給され、異常を起こすことなく魔法が発動する。


「————『防盾』!」


 エスメラルダの右掌を中心に展開される、実体化した魔力の盾。縦に長い六角形の魔力塊は、誰がどうみてもれっきとした『防盾』の魔法だ。途中で崩壊するようなこともなく、強度も問題なさそうである。

 間違いない。成功だ。


「……やった! やりました、中尉殿っ!」


 ぱあぁっ、と顔をほころばせて歓喜の声を上げるエスメラルダ。駐屯地の皆の前では無表情————というか、感情をあまり表に出さない彼女だが、今だけはちゃんと等身大の少女らしい素直なはしゃぎっぷりである。


「よかったな、少尉」

「はい!」


 そんなエスメラルダに優しく微笑みかけてやりながら、俺は自分の首が薄皮一枚のところで繋がったことに心底安堵するのであった。










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