第6話 お節介と閃き
「うーん、ここは魔力回路を強制的に遮断する仕組みにしたほうがいいな……。となると、一定以上の魔力を注入したら自動でスイッチが切り替わる魔導ヒューズを追加するか? いや、でもそれだと一回きりで壊れて使い物にならなくなっちまうな。はてさて、どうしたものか……」
北部辺境駐屯地・第八九〇戦技研究班・第一研究開発室。レンガ造りの薄暗い駐屯地の一画に、ひときわ寂れた部屋がある。その部屋こそが俺の所属する研究室であり、駐屯地唯一の技術部署でもあった。
当然、部屋の主は俺ただ一人である。がらくたで溢れかえったその室内で、俺は一人こうしてエスメラルダのための魔道具制作に精を出していた。
コンコン、と軽く扉をノックする音が聞こえた。この叩き方は同僚のディートリヒの奴だろう。するとやはり俺が許可を出すまでもなく勝手に扉が開かれ、軽い雰囲気の金髪優男が入室してきた。
傍らには主計科の裏のボスと陰で呼ばれているクラウディア・クラウスナー中尉の姿もある。こちらは軽そうな雰囲気のディートリヒとは対照的に、どこか冷たさすら感じさせるほど冷静沈着で落ち着いた雰囲気のあるキャリアウーマン然とした見た目だ。そして彼女は見た目通り、上官であってもはきはきと物怖じせず歯に衣着せぬ口調で意見する類の性格をしていた。
つまるところ、俺やディートリヒのようなタイプの人間とは折り合いが悪い。だがその表情を見る限り、どうやら今回クラウスナー中尉は俺に文句を言いに来たわけではないようだった。
「相変わらず辛気臭いところね、メッサーシュミット君」
「文句があるなら来なくてもいいんだぞ」
「そうも言っていられないわ。何しろ新しく着任したアルトマイアー少尉の指導担当があなたになったっていうじゃないの。心配で居ても立っても居られなくなって、こうして様子を見に来たのよ」
相変わらず酷い言い草である。まあ、口ではそう言うがそこまで悪い人間でもない。むしろちゃんと指導できているか確認に来るだけ、真っ当な人間性をしていると言えるだろう。少なくとも隣に立っているチャラ男よりかはよほど真面目だ。
「ところで隣に立ってる間抜け面はどうした?」
「おいおい。ひでえことを言うなぁ、我が親友よ。俺が来るのがそんなに嫌か?」
「別に嫌ではないぞ。ただ、珍しい組み合わせもあったものだなと」
「まあ、な」
「私一人が訪ねてきても、メッサーシュミット君は警戒するでしょう」
「ああ……そういう」
友人のディートリヒが隣にいれば、多少は胸襟を開いて話してくれると考えたわけか。なんともまあ、打算的な奴だ。そんな事情を打ち明けてしまえば何の意味も無いように思うのだが、現にこうして俺の警戒はものの見事に解けているわけだからクラウスナー中尉の予想は的中したわけである。策士だよ、まったく。
「エスメラルダ……アルトマイアー少尉だが、事前の報告にあった通り、魔法は壊滅的だな。あり余る才能をすべて、豚の持つ真珠のように無用の長物と化させるだけの致命的な欠陥がある。それ以外はむしろ完璧に近いんだけどな」
俺がそう事実を告げると、クラウスナー中尉は目を見開いて驚愕の表情を作ってみせた。彼女にしては珍しく、本当に驚いているらしい。
「嘘なんかじゃないぞ。少尉は常人の数百倍以上の魔力量を持っている。だが、だからこそその莫大な魔力を制御できずに魔法を使うことができていない」
足りなくて困る話はよく耳にするが、余りすぎて困るという話はついぞ聞いたことがなかった。二〇年生きてきて初めて遭遇した稀有な事例である。敵国との前線を抱えた我が国は、地政学的な要因もあってここ数百年ほど慢性的なモノ不足が延々と続いているのだ。
「それは……なんとも困った話ね。解決の目処は立っているの?」
「一応はな」
それこそが目の間のがらくただ。既にいくつもの魔道具を試作しては分解した残骸が作業台の上には散乱していた。いずれもあと一歩というところで理論的限界にぶち当たり、作り直すはめになっている。
だがその甲斐あってか、もう少しで糸口を掴めそうなのだ。それさえ掴めれば、エスメラルダは一端の魔法士として使い物になるだろう。逆に言えばそれがなければ彼女は一生無能のままだ。
ずしり、と両肩に重いものがのしかかっているような錯覚を感じる。否、錯覚などではないんだろう。現に俺の両肩には俺とエスメラルダ二人分の未来が懸かっているのだ。
「スランプか? お前にしちゃ珍しいな」
「たまにはそういうことだってあるさ。いつでも順風満帆ってわけにはいかない」
俺の研究狂いをよく知悉している悪友が、珍しいものを見た顔で言う。思えばこいつとは士官学校時代からの付き合いだが、あまり趣味の研究で行き詰まっているところを目撃された覚えはないかもしれない。
「報告書は読んだわ。専門的なことが多すぎてあまりよくはわからなかったけど……アルトマイアー少尉は、魔出力の調節が苦手なのよね?」
「ああ。事情が事情だけに、出力制御はまるでできていない」
それ以外はなかなかのものなのだが、いかんせん出力制御は魔法を行使する上でも一番大事な要素である。そこをクリアできないことには次のステップに進むことさえできない。
「魔力が多すぎて飽和しちゃうのなら、いっそガス抜きさせてやればどうかしら」
「ガス抜き? どうやって……いや、待てよ。そうか、他の魔道具と同じように精密度を上げてロスを減らそうとするからうまくいかないのか。エスメラルダの場合なら、いっそ遊びを必要以上に持たせて魔力ロスが出まくるようにしてやればいい!」
ようやく光明が見えてきた。これを逃せば魔道具は完成しないという直感がある。逆にうまく理論に落とし込めれば――――魔道具の完成に直結するだろう。
「おい、ディートリヒ。そこの右から三番目の魔道具に魔力を流して見てくれ」
「あいよ。……爆発とかしねぇよな?」
「多分な」
「怖いこと言うなよ! ……ったく、人使いの洗いマッドサイエンティストめ」
そう愚痴をこぼしながら渋々と魔道具に魔力を注ぎ込むディートリヒ。何とでも言うがいい。俺は今、まさに新たな理論が立証されんとしている現場に居合わせているのだ。それに比べれば他の懸念事故なんて些細な問題である。
「むっ、結構魔力を吸われるな。でもかなり手に馴染むぞ。これならクラウディアちゃんのお尻だって簡単に……」
「懲罰で前線に返り咲きたい?」
「なんでもありませんっ」
あろうことか、この堅物女であるクラウスナー中尉にまで手を伸ばそうとするあたり、本格的にこの男は勇者かもしれないと心底思う俺である。なお、その勇者とは「蛮勇」のほうの勇者であることに疑いの余地はない。
「次はこっちだ。全力で魔力を込めてみてくれ」
今度は左から二番目に乱雑に放置されていた魔道具を示して俺は言う。そちらは遊びを少し多めに取ってある前線仕様だ。出力は落ちるが、機械としての信頼性は抜群である。
雨風が吹き荒れ、泥濘にまみれる前線においては、カタログスペックなんかよりも信頼性こそがまず何よりも重要なのだ。
「うわっ……これは酷えな。アホみたいに魔力が吸われやがる。そのくせちっとも規定発動量に達しねぇ。こいつは欠陥品じゃねーのか? ジンさんよ」
割と必死そうな顔で魔力を注ぎ続けるディートリヒに、俺はすました顔のままさらりと告げる。
「その欠陥品に救われる命が前線にどれだけあると思う? 精密機器ってのは、激しく扱うと簡単に壊れるんだぞ」
「そりゃ、もっともな意見だな!」
そう叫んだディートリヒは、ようやく規定量に達した魔力を解き放って魔法を発動した。
『照明』。暗い室内や夜襲作戦時に重宝する支援系魔法である。薄暗い第一研究開発室が白い光で満ちるが、目を開けていられないというほどでもない。いたって普通の『照明』だ。
「……ふぅ、確かにこれなら頑丈だし簡単には壊れないだろうけどよ。こんなの日常的に使ってたら早々に魔力が尽きちまうぜ」
「だろうな。だからこその欠陥品だよ」
だが、これで方向性は見えた。魔力が多すぎるならロスを増やしてガス抜きしてやればいい。そうすれば通常の魔道具と同様の機構を応用できるようにもなる。
あとは今ディートリヒの奴が使ったものよりもさらにロスの大きいものを作ればいいだけだ。
「
俺は意識を魔道具開発に集中させて、机へと向かう。呆気に取れられた様子の二人など、もうすっかり俺の意識からは外れていた。
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