第5話 可能性の塊

「思うに、少尉が魔法の発動に失敗した根本的な原因はその保有魔力量の多さにあると思うんだ」

「魔力量の多さ……ですか」

「ああ」


 小さく首を傾げ、年相応のあどけなさを感じさせながらおうむ返しに訊ねるエスメラルダ。俺はそんな彼女に首肯しつつ、話を続ける。


「魔法には、その規模に見合った出力ってのがあるだろう? 例えば『火球』なら二から三単位の魔力を込めるのが普通だ」


 現代魔法理論には、術式を成り立たせる必要から考案された、形のない魔力を数えるための便宜上の数値がある。それが魔力単位だ。

 小規模な初級魔法であれば、使う魔法にもよるが一から五単位程度の魔力を込めるのが一般的である。それを超えてしまうと、かなり熟練した魔法士でなければ魔法を制御するのが難しくなるのだ。


「だが先ほどの少尉の魔法を見ていたら、おおよその数値ではあるが軽く数十単位以上の魔力が込められていた。『魔弾』に関していえば一〇〇近くあったように思う」

「一〇〇もですか!?」


 俺の言葉を受けて、エスメラルダは目を見開いて仰天した。自分のやったことだというのに自覚がなかったらしい。

 まあ魔力量の制御というものは、長年の経験の積み重ねがあって初めて体感的に覚えられるものだ。いくら天才とはいえ、まだ一五かそこらの少女にそれを求めるのは少々酷であろう。

 何しろ俺でさえ精密な制御を会得したのはここ二、三年の話なのだ。

 ちなみにこの魔力単位を計測するための観測装置も存在するにはするのだが、非常に高価な上にやたらとかさばるため、各駐屯地や研究機関に一つずつ程度しか配備されていないのが実情である。

 なお、このはぐれ駐屯地には当たり前のように配備されていない。予算が少ないのだから至極もっともな話だ。


「わかりやすい例を出そうか。少尉はコップ一杯の水を飲みたい時、どうやってコップに水を注ぐ?」

「それは……普通に水差しを使って注ぎます」

「普通はそうだよな。ちなみにその水差しが、世間一般の魔法士が持つ魔力量だと思ってくれて構わない」


 その水差しにもサイズの大小はあるだろうが、少なくとも片手で持てる程度には収まる筈だ。


「けどな少尉。さっきのお前は、まるで巨大なダムから放出される滝に向かって一生懸命コップを差し出しているように見えたよ」

「ダムって、そんな大袈裟な」

「ところが、あながちそうとも言えないんだ」


 山を切り開き、鉄とコンクリートで押し固めて無理矢理に溜め込んだ川の水は、放水時には恐ろしいほどの流量となって下流へと吹き出す。その勢いの激しさは、ダムを実際に目にしたことのある人間なら一瞬で理解できることだろう。

 水差しか、せいぜい風呂桶が一般的な魔法士だとしたら、エスメラルダはダムである。それも小さな砂防ダムなんかではなく立派な治水ダムだ。


「なあ少尉。お前、自分の正確な魔力量を測定したことはあるか?」

「いえ……簡易的な検査のみしかやったことはありません」


 それで「史上稀に見る」などという評価を得ているのだから、いかにエスメラルダが異常なのかがよくわかろうというものだ。


「多分、お前の魔力量は常人の軽く数百倍はあるだろう。もしかしたらそれ以上かもしれない」

「す、数百倍……っ」


 絶句したエスメラルダが口をぱくぱくさせて目を白黒させている。

 さもありなん。並みの魔法士の数十倍以上だと評されたかつての俺ですら同じ反応をしたものである。ましてやそれよりも一つ桁が多いのだ。エスメラルダの反応は実に真っ当だろう。


「それだけ多ければ、そりゃあまあ出力の制御だってままならんよな」


 蛇口を捻るどころの話ではないのだ。元栓からしてあまりの水圧に粉砕されてしまっているのである。これを一魔力単位レベルで制御するのは土台不可能な話だろう。規模が違いすぎて、あまりにも無理がある。


「だからこのままでは少尉は一生魔法を使えないだろうな」

「そんなっ! 私は中尉殿のように強くなりたくて軍に志願したのに……っ」

「まあ待て。話は終わっていない」


 顔面を蒼白にしてまくし立てるエスメラルダを落ち着かせて、俺はもったいぶらずに続きを話してやる。


「言ったろう。では、って」

「……何か策がおありなのですか?」

「当たり前だ」


 俺の役職を何だと思っている。俺は辺境の場末駐屯地に(自ら望んだとはいえ)飛ばされたしがない技術士官でしかないが、一応は士官なのだ。

 士官学校に入学する前は、工科兵学校にも所属していたのである。今は亡き父親が町工場の技師だったこともあって、幼い時分から工作には慣れ親しんできた身だ。

 魔法が使えないエスメラルダではあるが、使えない理由も判明している。ならばそれを解決すべく何かしらの魔道具を作るのはそう難しいことではない。原因を探り当てた時点で、既に問題解決のための道程みちのりは半分以上進んでいるのだ。


「俺は技術士官だぞ、少尉。魔法が苦手な魔法士のために魔道具を開発するのが仕事なんだ」


 厳密にはそれだけが仕事ではないが。魔法が得意な魔法士の長所を伸ばしたり、あるいは非魔法士であっても魔法的技術を扱えるようにしたりするのも仕事の範疇ではある。

 だが、今それは関係ない。今の俺の仕事は、目の前の欠陥少女をまともに戦える魔法士に成長させることなのだ。


「エスメラルダ。俺がお前を一人前の魔法士にしてやる」

「――――っ、よろしくお願いします!」


 感情を感じさせないフラットな無表情の多かったエスメラルダの頬に、確かな朱色が差したのを見た。

 その興奮は果たして自分が魔法をまともに扱えるようになることへの期待か、はたまた「憧れの人」であるらしい俺に請け負ってもらえたことへの感動ゆえか。

 あまり多くを語らないエスメラルダの内心は、彼女のみぞ知る。俺が知っているのは、エスメラルダが可能性の塊であるという事実だけだ。






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