第4話 暴発と挫折と小さな希望

「それじゃあまず、普通に魔力を練ってくれ」

「わかりました」


 魔力を練るという動作。これは魔力を持って生まれた者なら誰であっても多少は本能的にできる行動だ。生き物であれば、たとえ植物であっても魔力を持って生まれる。一説には自然界に満ちる大気に魔素が含まれているだとか、はたまた太陽の光に魔素が含まれているだとか言われているが、本当のところは詳しくわかっていない。

 だが少なくとも、現に魔素は存在する。その魔素を自分の意思で自在に操り、魔法を発動するためのエネルギーに変換するという課程が「魔力を練る」という行動に当たるのだ。


「ふぅー……」


 深呼吸をしたエスメラルダは、へその辺り————東方で丹田などと呼ばれている部分に手を当てて、魔素を練り上げる。流石は稀代の魔力量を誇ると教官殿が記した通り、その過程には実に無駄が少ない。目には見えないものの、肌で感じ取れるほどの濃密な魔力が渦を巻いてエスメラルダの全身を包み込む。


「この密度……俺よりも高いかもしれないな」


 思わず独り言を呟いてしまう。彼女には聞こえていないだろうが、これは衝撃の光景だ。俺は曲がりなりにも第一〇三大隊にいた人間である。その俺に匹敵するか、もしかしたら上回るかもしれないほどの魔力密度。厳しい訓練に加え、いくつもの死線をくぐり抜けてきた俺よりも高いのだ。エスメラルダは、やはりいわゆる一つの天才というやつなんだろう。


「素晴らしい練成だ。ここまでは満点に近いな」

「ありがとうございます」


 問題はここからだ。いくら魔力を上手に練り上げられたとて、それを実際に使いこなせなければ意味は無い。原動機の無い機械にいくら燃料を注ぎ込んでも動かないのと同じである。魔力は魔法に変換できなければ無駄なのだ。


「次は実際に魔法を使ってみせてくれ。種類は……そうだな、暴発が怖いから防御系統でいこうか」

「はい。では、いきます」


 エスメラルダは頷くと、突き出した両掌から魔法陣を展開した。その陣に描かれるのは士官学校でも習う基礎的な防御系魔法式『防盾』だ。その魔法式に欠陥は見受けられず、しっかり魔法理論を勉強しているのがよく伝わってくる出来栄えである。

 そこまではよかった。

 だが次の瞬間、俺は信じられない光景を目にする。


「あっ」


 パリン、という擬音が聞こえた気がした。むろん実際に音がしたわけではないが、そう聞こえる錯覚を覚えるほど綺麗にあっさりと、『防盾』が粉々に割れて砕け散ってしまう。


「……駄目でした」


 しょんぼりと肩を落とすエスメラルダ。あれだけ完璧な魔法陣を展開しておきながら、なぜ魔法の発動に失敗するのか。残念ながら今の一瞬では看破できなかった。他にもいくつかの種類の魔法を何度か実演してもらう必要があるだろう。怪我はしたくないからできれば『防盾』だけに留めておきたかったのだが、背に腹は代えられない。


「今の『防盾』だが、魔法式の構築は完璧に近かった。あれだけの精度と速度で構築できるなら、前線の第一級部隊でさえ充分にやっていけるだろう」

「あ、ありがとうございます」


 落としていた肩を少しだけ上げるエスメラルダ。


「だが『防盾』は失敗した。ということは問題は魔法式ではなく、魔力の注入か放出の段階にあるとみていいだろう」


 魔力の練り上げ、それから魔法式の構築はどちらもかなりの高水準だったのだ。あれで失敗するというのは考えられないから、彼女が魔法の発動に失敗した原因は他にあるということになる。それが何なのかを確かめるためには、魔法の設計上、魔力の注入過程に制限が存在しない威力可変型の放出系攻撃魔法を使わせるしかあるまい。


「『魔弾』は使えるか?」

「発動に至ったことはありませんが、魔法式の構築だけなら」

「ひとまずはそれでいい。あの的を狙って『魔弾』を放ってみてくれ」

「わかりました」


 『魔弾』とは、先ほどの『防盾』と同じく士官学校や兵学校で習う基礎魔法の一つだ。魔導銃が壊れて使い物にならなくなった時や、敵味方入り乱れる混戦になった時に必須の攻撃魔法である。その構造は実に単純で、練り上げた魔力に「実体化」と「加速」、そして「指向性」の三要素を付与してやるだけで良いので、初級の魔法士には好んで使われるのだ。

 むろん、これも極めればかなりの戦力となりうる。世の中には、ただひたすらに『魔弾』のみを極めて戦術級魔法士となった人間もいるくらいだ。単純だが奥の深い魔法でもある。

 そんな『魔弾』は、先ほどの強度固定型『防盾』とは違って、注ぎ込んだ魔力の量に比例して威力が増すという特徴を持っていた。注入魔力量を恣意的に調節できる魔法なら、もし注ぎ込む魔力の量を間違えてしまったとしても問題なく魔法は発動する。

 多少危険かもしれないが、ろくに発動しないよりかはよっぽどましだろう。


 懸念点があるとすれば、だ。


「発動に至ったことはない……か」


 優秀で勤勉なエスメラルダのことだ。以前にも『魔弾』の訓練くらい自主的に取り組んでいてもおかしくはない。むしろ積極的に取り組んでいたに違いないだろう。

 にもかかわらず成功体験がないのだ。彼女の欠陥の正体がそこに隠れているような予感がある。


 目を閉じ、意識を集中させたエスメラルダ。数秒ほどそうしてから、彼女は右手を前に突き出し、年頃の少女らしい可愛げのある声を張り上げて莫大な量の魔力を放出した。


「————『魔弾』っ!」


 否、放出しようとした。

 だが何かがつっかえているかのように魔力は掌付近で留まったまま、飛んでゆかない。例えるならば、助走をつけすぎたせいで最初の一歩に躓いてしまうような印象。

 あまりの密度の魔力の奔流に、「加速」と「指向性」の部分の調節が上手くいっていないのだ。


「……ッ、少尉! 今すぐ魔力の供給を全カットしてその場に伏せろ!」

「っ、しかし今制御を手放したら……!」

「俺がなんとかする!」

「了解しましたっ」


 俺の言う通り、魔力の制御を諦めてエスメラルダは魔法を解放した。途端に安定を失って明滅を繰り返す『魔弾』の成れの果て。だがそれ以上『魔弾』が成長することもない。……あの規模ならまだなんとかなる!

 俺は身体強化魔法を全力で発動しながら、エスメラルダのもとへと駆け寄る。そのまま怪我をさせないよう細心の注意を払いながら彼女を抱きかかえ、地面に伏せた。

 それと並行して、『防盾』の改良版である『防壁』を瞬時に展開。俺とエスメラルダを覆うようにして魔力の壁が形成される。


 そして『防壁』の展開が完了したのとまさに同じタイミングで、制御を離れた『魔弾』が暴発した。


「ぐうぅ……っ」


 あまりの衝撃に目がチカチカとする。士官学校で習ったように口を開けていなければ、気圧差で鼓膜が破れていたかもしれないほどの威力だ。

 しばらくして、ようやく土煙が晴れてきたので俺は立ち上がって辺りを見回す。周辺に人影はない。当たり前だ。危険が予測されていたから、俺が事前に周知して立ち寄らせなかったのだ。

 エスメラルダはすっかり落ち込んで地面に座り込んでしまっている。そんな彼女から視線を外し爆心地へと目を遣れば、そこには人がすっぽりと収まりそうなほどのクレーターができあがっていた。

 ……信じられない威力だ。ただの『魔弾』で、これなのか。


「また、駄目でした」


 俯いた状態で、小さく呟くエスメラルダ。そんな彼女の頭をポンと軽く撫でてやりながら、俺は柄にもなく努めて優しく聞こえるように告げる。


「だが、おおよその原因はわかった。そこをなんとかすれば――――失敗したとはいえこの威力だ。少尉、お前は化けるかもしれないぞ」

「本当、でしょうか?」

「俺が嘘をつくメリットがどこにある?」


 結果を出せなければ前線に飛ばされかねないのは俺も同じ。俺達はいわば一蓮托生の関係なのだ。


「ふふ……確かにそうでしたね」


 ようやく笑ってくれたか。まったく、世話の焼ける部下だ。


 今さらになってようやく、騒ぎを聞きつけた連中が建物の中からわらわらと出てくる。数百メートルは離れているので窓ガラスが割れるようなことにはなっていないだろうが、それでも多少の振動と衝撃くらいはあったかもしれない。


「とりあえず帰るぞ。原因がわかった以上は、対策を練らなきゃならんからな」

「了解です、中尉殿!」


 エスメラルダに手を差し出してやれば、彼女は素直にその手を取って立ち上がる。その顔に暗さはもう残っていなかった。




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