39/J
自身も町の復興に力を貸し、ジバたちに同行してから一週間近く経つ潤は櫂吏と数人のジバと共に深波の家の跡地に来ていた。朝から動いているためか、体がかなりベタついている。綺麗さっぱり瓦礫が排除された一部の風景でカラスが不躾に歌っている。数十体のジバたちとやりあってきたが、それはほんの一部に過ぎなくて、ほとんどのジバはこうして瓦礫を片付けていた。戦いに参加しないジバの方が多いのだ。
いつかまた、ここに商業施設が建つ日が来るのだろうか。その時は、ゾーオンたちが経営しているのだろうか。旧ハイマ町にゾーオンたちが住むようになると、灰海街はなくなってしまうのだろうか。灰海街、好きだったけれど、それは自分だけなのだろうか。みんな、あんな場所なくなれば良いと思っていたのだろうか。
──────大瑚。
届かない距離にいる彼に話しかけてみた。
大瑚、世話役のジバが昨日気分転換に髪を染めてくれた。染めたと言っても色落ちして赤っぽくなっていたのを上から黒に直してくれたの。黒といってもブラウンにラベンダーを混ぜて作ってくれたもので、日に当たると凄く透明感あふれるわけ。透明感あふれた黒になったわけ。ジバの腕、意外に凄いのよ。あいつら何でもできちゃうから面白い。自分って一応女なわけだし、普通にうれしかったんだけど、ただね、それがすぐに戻るの。ハイマタウンの鏡が割れてて、そこに自分が映ってたんだけど、あれ? って。髪、赤くない? って。おかしくない? 昨日染めたばっかなんだよ? おかしいよね。おかしいなぁ。最近ずっとなんだよね。あとね、おでこの産毛が減った。自分の産毛好きだったのにショック。はえぎわに産毛が多いと若く見えるよねって話したことあるでしょ? 無いっけ? あ、そうそう、大瑚の富士額好きだよ。ずっと言ってなかったけれど。
「亜沙」
櫂吏の肩に夕焼けが乗っている。
「いつか、一緒に船に乗りましょう」
「……え」
「これは私の目的です」
「……あなたの過去、聞いちゃいけない?」
「良いでしょう」
櫂吏は微笑んだ。
「三十年前、なんで本土に戻らなかったの? この島に船製造禁止令が発令されたのとあなたが本土へ帰らないことは何の関係も無いよね? 本土の人間からしたらあなたは任務を放棄して行方不明になったってことでしょ?」
「それはどうでしょうか」
「え?」
「この島に船製造禁止令を発令させたのはこの島の人間じゃありません。本土の命令なのです」
「本土の……?」
「はい。そして、私たち調査団が島にいることを知りながら奴らは私たちの船まで爆破させました」
「どういう意味……なんで」
「そのままの意味です。私たちハイマは本土の人間により、この島に閉じ込められたというわけです。この島はこれまでずっと、本土の言いなりなのですよ。本当に情け無い。」
頭がこんがらがって、言葉が入ってこない。
「どうしてかわかりますか?」
「元町長たちは定期的に本土へ渡って、私たちが生活するのに必要なやり取りをしてたって聞いたことがある」
「そうですね。本土の助けがなかったらこんな閉鎖された孤島でハイマモールだの豊かな施設はなり得ません」
「私たちが何不自由なく生きてこれたのは本土のおかげ……でもその代わり、この島から出ることは許されない……」
「その通りです。おそらく、我々ハイマの存在が外国に知れ渡るのを防ぐためかと」
「外国?」
「そういえば君たちは外国を習っていませんでしたね。この世界は君が想像しているよりも物凄く広いのですよ」
櫂吏の高い鼻が逆光で端麗に浮かび上がっている。
「櫂吏様」
約二ヶ月前、初めて船の記事を見たあの地下室からジバがいくつかの資料を手にして顔を出した。
「三箇所の監視所ですが、やはり残り一箇所の情報が手に入りません。資料もないです。そして船の記事以外、特に目立ったものは見つかりませんでした。おそらく鈴木陽一郎の趣味部屋と言ったところでしょうか」
櫂吏が自ら地下へ降り、潤も後に続き螺旋階段で様子をうかがった。あの日と変わらないアンティークな木机にジバの手で積まれた紙類が広がっている。
一つ一つ確かめてから櫂吏がある便箋に手を止める。線の細いペン字で短い文が書かれているのが見える。わざわざ手紙を送るのだから相手は遠方に住むハイマか、それともゾーオンだろうか。
潤は何かに引き寄せられるかのようにして櫂吏の側に行った。
【五月二日。最近は暑いですね。でも夜はまだ冷えます。体調を崩さないように。ちゃんとご飯を食べていますか? 顔が見たいです。いつもあなたを心配しています】
「まだありましたか。実は同じようなものが大量にありまして」
ジバはドサっとボックスを机の上へ置いた。
「数枚目を通しましたが名前は記載されていませんでした。筆跡からおそらく全て同一人物でしょう。友人か愛人かはよく分かりません」
ボックスの中には同じ形の便箋が乱雑に詰め込まれていた。黄ばんだものもあることから長年に渡ってやり取りをしていたことが分かる。
【三月九日。今日は深波くんの誕生日ですね。私は彼にどうしてもあなたのことを重ねてしまいます。】
陽一郎の面影を深波に感じるということなのか?
【十二月二十三日。毎日あなたが心配で今も寝付けずに書いています。でもこの時間が私にとって唯一現実と向き合える大切な時間。ベランダで月を眺めると不思議と澄んだ気持ちになります】
【七月十九日。今日、久しぶりにお父さんに会いました。あなたと同じ美しい目を見て、あなたはやっぱり彼の子なんだなって、嬉しくなりました。あなたに会いたい】
誰のことを言っているのだろう。子供……?
【八月二十五日。ピーキングをとばしてみたけれど、とどくわけがないわよね。わかっていても毎日とばしてしまいます。ピーキングはなういましたか? とばし合えるおともだちはそっちにいますか? 南のうみはきれいですか? メダカが死んじゃうたびにあなたの身に何かおきたのではないかと、しんぱいになる今日このごろです】
この便箋は特に古く、ひらがなが多い。
櫂吏は眼を凝らしている。
【十月十五日。おたんじょう日おめでとう。今年で六さいですね。学校ではファングネイルのじゅぎょうがはじまったようです。ファングネイルはきけんだからまだ出しちゃダメよ】
【一月三十日。名前の由来のお話。このお話は絶対に内緒にしてくださいね。
しかし手紙はここにある。
周囲に隠し子の存在が公になるのを恐れた陽一郎さんは子をどこかへ隠したのかもしれない。この愛人には自分が子供へ手紙を届けると伝えていたのだろう。実際、我が子はいったいどこへ……? 殺さずとも灰海街やどこかに捨てるだろう。自分ならそうする、と潤は思う。
【六月四日。何もできなくてごめんなさい。南端でお世話になっていると聞いています。夜、寂しくなったら月を見てね。お母さんはいつもあなたの側にいるよ】
「南端、ハイマ、ピーキング……」
櫂吏は低く呟いた。
「……訝しい。毎回不思議と胸に靄を残すあの集団、いや、あの少年の訳が分かった気がします」
潤は櫂吏の揺れる肩をゾッとした目で見ていた。彼から次第に笑い声が漏れ始める。
「櫂吏様……?」
彼の異変に動揺したジバが瞬きを増やしながら便箋を無闇に手にとった。櫂吏は腹を抱えながら笑った。
「今すぐ南端へ出発します。今すぐに!」
彼の剣幕にジバの身は一瞬跳ねた。
もうすぐ日が暮れるのも気にせず、櫂吏は動く。ジバを集め、陣をとった。
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