35/D
山奥で木々が生茂る中、一角だけ開けた場所があった。低い木が綺麗に並び、女たちがオリーブを採取している。
「遊ぶなら平地へ行け」
レインが言うのも聞かず、子供たちにねだられた大瑚はその小さく軽い体を上空へ放り投げる。そして、下でキャッチした。
キャッキャと楽しむ三人の子供たちに何度も同じことをさせられ、正直飽き飽きしているが、楽しんでくれているから断れない。この子供たちも森に捨てられていたのだろうか。集団自体、ほとんど血は繋がっていないらしい。
「今度はどうする? 灰海街に持ってくの? それとも私たちの分だけとればいい?」
麦わらを被ったライはレインに聞く。
「俺たちの分だけで良い。キリウもそう言うだろう」
灼熱の太陽から逃れるように彼はタオルを頭にのせた。
「こら、おりなさい」
女が言うのも聞かずに子供たちは大瑚にまとわりつく。肩と胸と足に三人がいて、軽くトレーニング状態だ。
肩車を交互にしながら家へ戻ると、平地が何やら騒がしかった。
「お前らしっかりしろー」
「負けてやんぞ〜」
「フー、もっと力を入れろ!」
男たちはケラケラと笑い、よろめく三人に野次を飛ばす。
バットを手にしたその三人の中央で、ダメージのないキリウは薄ら笑いを浮かべている。
周囲の仲間になじられ悔しく顎の血を拭ったフーは勢い任せにその棒を放った。それはキリュウ目掛けて水平に飛んでいき、それを追うようにフー自身も彼へ突っ込む。
が、キリューはバットを掴んだ。そして、ただそれを横へ向けると、ブレーキの効かないフーは自らそこへ激突する。吹っ飛ぶ、がたいの良い体。本気の野球かよ、と男たちに笑いが起きる。残りの二人もどさくさに紛れ、同時にキリウを叩きのめしにいくが、かわされ、もはや殴られ、それぞれが悪戦苦闘している。
大瑚の横でレインがふと、女からトングをもらう。
「おい」
訊ねるように大瑚が呟いた時、彼の体はキリウの背後、上空にあった。
鉄のトングが地に刺ささる。キリウの肩すれすれで立っている。レインが外したかと思われたが、違った。僅か数ミリ単位で彼は避けたのだ。
瞬間、空気が変わり、蹴り込むレインにキリウは身をかわす。明らかにさっきまでとは動きが違った。キリウはレインの前蹴りを受け止めその流れで拳を突き出す。その拳を掴み、回したレインはキリウの首を腕で絞める。が、更にキリウはそのままレインを前へなぎ倒した。舞う砂埃。その倒れた彼へ向かって余裕に歩く時、レインは腹筋で飛び上がる。それから互いに目で仕切り交わした。キリウは鼻を指で擦り、レインは眉間にしわを寄せる。
「やっちまえ」
フーは手を鳴らした。
掻くようなレインの両手が俊敏なキリウに食らいつく。その時、筋肉の塊となったレインの強力なパンチが相手の脇腹を捉えた。キリウは飛び仰反り、地を転がる。大瑚も思わず息を飲んだ。しかし彼はすぐに立て直し、大胆にもレインへ弧を描くように襲いかかった。無表情だったレインの頬が微かに上がり、次の瞬間、キリウを押し返すように跳ね除けた。そして真っ向から彼に飛び乗り、腕で強く肩を抑える。
レインは勝ったと思った。汗がキリウの横にポタっと地に落ちた時、自身の首にヒヤリとした感覚がした。
「お前の悪い癖だ」
そう言った彼は寝そべったままトングを手にしている。
やってしまった、とレインは集中すると一点しか見えなくなるのが自分の癖だったと認識する。体を引き剥がし、キリウの手をひき持ち上げると、横目にフーがニタニタしていてウザいと思う。
大瑚は遠方で起き上がったキリウと目があった。
______お前とはしない
無表情だ。その表情ない顔が余計にムカつく。
「......死ね」
「ちょっと何? 子供の前で」
ピーキングをし忘れたものだから側にいた女が顔を顰めた。
南端監視所はすぐ近くにあるはずだ。もうすぐ日が出ようとしている暗い夜、夜風が廊下で大瑚を撫でる。拾った煙草がズボンに一本残っていた。
引戸が開いた。
「ここは禁煙だ」
「また俺を流すか?」
腰を下ろしたキリウの方へと大瑚は煙を吹いた。軽く咳き込む彼は並ぶ木の柵の隙間から自身の足を投げ出している。木々で溢れた奈落は夜だと真っ暗で何も見えない。底のない闇に泳ぐ両足の甲を大瑚は見つめて、怖くないのかと不思議に思う。
「お前がピーキングしてきたせいで女に怒られた」
「ピーキング、たまにしないと鈍るからな」
なんだそれ、と大瑚は煙を吐き笑う。ゾーオンとして生きているのにピーキングは使うのか、と言行不一致なところのある彼に少しばかりは情味を感じた。
しかし次の瞬間、その胸倉を大瑚は掴んだ。両足の挟まったキリウはぎこちなく大瑚の肩を押すが当然のごとく離れない。
「お前、誰かと連絡とってんのか?」
身の入った大瑚は静かに詰問した。
「誰と通じてる?」
真剣なその圧はもはや静かな脅しである。
「……ここに来る途中、西の方でハイマの男と遭遇しなかったか?」
「あいにく俺は東から来た。だから遭っていない」
「そうか……彼は西の赤子山監視所という所に勤めていた。
南端……バン……。
大瑚は衝撃が走っていた。自分は彼に会うために生き伸びてきたのだ。
「会わせろ。その爺さんにいいから会わせろ」
自然と大瑚の掴む手に力が入り、床に後頭部がつきそうになりながらキリウは苦し紛れに息を吸った。
「俺はそいつに会う為にここへ来たんだ」
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