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 西日が強い時、櫂吏に呼ばれ、奇岩城の一室に潤は向かう。世話役としてつけられたジバと共に入り口へ行くと、選ばれた五十人近くのゾーオンたちが部屋内に散在する岩椅子に腰掛けている。岩椅子はもともとその場にあった岩の塊を利用したもので、細長く数名が腰掛けるものもあれば一人用もあり、どれも丁寧に座面が削られて滑らかである。ゾーオンたちは緊張し、落ち着かない様子でいた。年齢は様々だ。

 その中に愛地の姿があった。彼は潤を見ると目を見開き、明らかに同様してすぐに視線を逸らす。

 気配を感じ振り返ると櫂吏がジバを両脇に従え向かってくる。


「亜沙、今夜は重大な発表があります」


 櫂吏は潤の背に手をやるようにしてゾーオンたちの前へ出た。

 視線が集まり実に居心地が悪い。


「みなさん、遠くまでご苦労様。魚で生計を立てる者の中から私共で勝手に選ばせてもらいました。まぁ生計と言っても、亡き彼らが機能しない今、金銭に何の価値もありませんが……。まぁ、それは私たちで新たな世界を創り上げた時に復活させようじゃありませんか。とにかく、単刀直入に言いますが、彼らが消滅した今、船製造禁止令などありません」


【船製造禁止令】

潤は思わず櫂吏を見上げる。


「船製造禁止令など無いのです。私はみなさんに船を製造し漁業を盛り上げて欲しい。その第一人者になってもらいたい。その思いでここへ呼びました」


 ゾーオンたちを見渡すと、船、という単語を聞き、目を輝かせる者、眉間にしわを寄せる者、俯き何かを考えている者、様々であった。しかし自分が誰よりも動揺している。

 君、と櫂吏に言われた初老の男は丸い髭面の顔をあげた。


「海に浮かぶ船を見たことがありますか?」


 男の目が揺らぐ。


「……記憶は定かじゃありません。ですが、若い頃……」


 愛地を含む若いゾーオンたちは訳がわからず、互いに目を合わせたりしている。


「君は?」


 今度は年を重ねている痩せた男を指した。


「……はっきりと覚えています」


 ワンピースを握る潤の両手に無意識に力が入る。

 船は本当に存在した。

 自分たちの推測は間違っていなかった。

 櫂吏は満足げに頷き、一呼吸置いた。


「やはり、彼らに口止めされていたのですね」

「はい……ハイマやゾーオン関係無く、住人全員が口止めされていました。子孫に伝えるなんてもってのほか、事実を忘れるようにと」


 痩せた男は涙目で櫂吏を見やる。男の家は代々魚屋をしていたが、意志の強い兄は灰海街で貧しい絵本作家をしていた。水彩画で描いた綺麗で安い絵本は子供たちにはもちろん、大人からも人気があった。話の内容は児童向けで、家族の話、お金の使い方、役職の種類、自然の動物などを取り上げることで教育本としての効能もあった。

 三十年前、当時二十八歳だった彼は海辺で見た船をモチーフに物語を作り描いた──主人公の家族は大きな船で海上暮らしをする冒険家だ。ある朝、突如現れた激しい荒波が一家を襲う。このままでは海の底に沈んでしまう。誰もが諦めそうになった時、遠くに自然豊かな島を見つけた。荒波は乱暴だが、主人公の家族を乗せたその船は運よく島に吸い寄せられるように波に乗って近づいた。もう少しで辿り着く。「誰かいませんか! 助けてください」主人公が島に向かって叫ぶと、大きな怪獣が現れた。意地悪な怪獣は船に向かい、ぼうっと火を吹く。すると大変。怪獣の手によって攻撃された船は燃えて、主人公たちは島に辿り着けず、海の中へ沈んでしまうのだ。

この絵本の噂を聞いた監視員が絵本作家を捕まえ、彼は拘置所へ送られた。


「もう、この島に縛りなどありません」


 櫂吏の微笑む顔を見て、目を抑えた男は咽び泣く。


「しかし長年部下に調査をさせていますが、この島で一から船を作るには多くの時間がかかるでしょう。私たちが目指しているのは養殖業に使っている手動ボートの比じゃありません。過酷な道のりですが、漁業を盛り上げる為に努力していきましょう」


 室内に破れんばかりの拍手が鳴った。

 櫂吏が手をあげ、それが止むと、また違う緊張感が走る。


「そしてもう一つ報告があります」


 潤の肩に手を回す。


「彼女はじきに私の妻となります」

「……え」

「どうぞお見知りおきを」


 潤の知らなかった世界で、拍手喝采鳴り響いた。

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