33/J
ジバたちに半ば強引に連れられた体は市内にあった。旧ハイマ町で動き回るゾーオンたちは汗水垂らし、時折仲間と雑談しながら瓦礫やゴミを運搬している。爆破から一ヶ月半が経過した今、荒廃した街並みは相変わらずだが、死体は見渡す限りどこにも見当たらない。埋めているのだろうか。焼いているのだろうか。
「彼ら、生き生きして見えませんか?」
櫂吏は呆然と立つ潤と肩を並べた。
「灰海街という狭い場所で仕事もないのに隔離されていたのです。その反動からか、彼らはのびのびと楽しそうに仕事に取り組んでくれます」
不思議な光景。
不思議な光景、と感じた自分はやはり彼らを心の中で差別していたのか。
何十人ものジバたちが地に穴を掘っている。そこへゾーオンは荷車に乗せた砂利や瓦礫の破片を流し込む。ゾーオンが辛そうにしていると、ジバが代わりに荷車を押してやっていた。
学校が見える。学校の状態はあれから変わっていない。しかし、やはり、多くのゾーオンが学校の敷地を歩いている。折れたあのコンクリートに触れている。あんなに多くがあそこへいるのは在学中に考えもしなかった。ゾーオンがいるのは認めていたが、ゾーオンが増えるのは考えもしなかった。
近くの一角で子供たちがバレーボールをしている。危ないからまだ遊んじゃ駄目、と叱る大人が首に巻いたタオルで汗を拭った。差し入れだよ、と誰かが持ち寄ったスイカをその場で切り始めると大人も子供も列を作った。みんな、階段状の断崖に腰かけ、灰海街と海を見渡しながら下へ種子をペッペと吐く。子供の笑い声が聞こえる。中年の男が立ち上がり、勢いよく種を遠くに飛ばす。すごい、と真似をして立ち上がる子供たち。やがて大人が持ち場に戻ると、残った三人の子供は種子に砂をかぶせはじめた。
「これ、明日に咲くかな?」
「明日は無理だよ。一年後だよ」
「違うよ。違うよ、十年後だよ」
「十年後! 長いね。いくらで売れるかな?」
「一個二万円とかだろうね」
「二万円! 高いね」
「お金持ちになるよ」
「お金持ちになったらさ、うんとさ、ここにさ、お城建てようよ」
「お城だったらもっと上に建てようよ。ここはスイカ畑にしよう!」
「ここがスイカ畑だったらあっちは何畑?」
「うーん、あっちはポピーの小屋!」
「あ、あ、あそこに建てるの? ポピーの小屋、めっちゃ大きいじゃん!」
「うん、犬小屋大きすぎる」
「大きすぎる〜」
「じゃあさ、プールにしよう」
「プール?」
「うん、誰でも入って良いやつ。誰でも、みんなで入れる大きいやつ!」
「じゃあさ、お城さ、お城もみんなで入れる大きいのにしようよ!」
「良いね」
「良いね〜」
甲高い幼い声が瓦礫景色に響き渡る。十歳に満たない彼らは人目も憚らず将来について熱く討論していた。顔をクシャクシャにして笑いながら、時には空に向かって大きく両手をあげ、そして宙を抱く。
昼間に自ら風呂場へ向かう。やはり誰もいない。岩壁にシャワーヘッドが埋め込まれている。両壁に十本ずつ、均等に並んでいる。それを辿るように迷いこんだ蛾が好き勝手舞っていた。服を脱いで木棚にかける。一番奥に行くと潤は勢いよく水を出した。黒い床の排水口へ音を立てて流れていく。どこの川から汲んでいるのだろう。温かいからどこかで温度調整もされている。
「石鹸」
そう声がして振り返った。
ポニーテールをしたジバの少女が入り口に手をつきこっちを見ている。まだ戦いには出ていない歳だろう。
「石鹸は一個下の階へ自分で取りに行く」
固形の白いものが飛んできて、潤はそれを両手でとった。軽く放たれた石鹸のスピードに威力が滲んでいることから彼女がちゃんとハイマであるのを感じられる。
「じきに第十八班が帰ってくるからすぐに混む。男女共用」
と言った。
去るのかと思えば、そのまま彼女も黒服を脱ぎ出しシャワーを浴びはじめる。
いつもジバに無理やり連れてこられたのは早朝だったな、と思い出し、こうして他と鉢合わせするのを考えていなかった。なんとなく気まずく、湯が出ている方だけを見つめて早く洗った。湯気があがる。
後頭部を濡らし、目線を落とした床に白い足が入ってくる。
「これ、櫂吏様の肌」
「え」
少女はそう言い、潤に自らの太腿を見せる。
「これ、櫂吏様の爪」
伸びていない通常の爪を触る。
「これ、櫂吏様の毛」
結んでいたゴムを解いた。
「オレ、櫂吏様でできてる」
少女は光を必要としない目で言った。
「ここにいるのも全部同じ。しかし、兄弟はいない。全部オレの同志」
少女は光がなくとも何でも見えるような目をしている。
「貴様、可哀想。オレが羨ましいだろ」
一貫して表情なく過ごした相手はシャワーから出る湯をたらふく飲むと、潤より先にその場を出た。
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