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「泣かないでよ……俺が悪いみたいじゃん。ずっと見下してきたのはそっちなのに。俺たちのことなんてどーでも良いと思ってたのはお前らの方なのに。本当に俺たちのことを思うなら、声を出さずとも察してくれたはずなんだよ……お前らが仕切るこの世界は俺たちにとって地獄でしかなかった!」
オリーブオイルを飲んでみたい、教科書を見せて欲しい、という言葉ではない彼の本音を潤は初めて聞いた。
「けれどこの苦しみはもうすぐ、お〜わるっ」
そう言うと天に両手を上げ、唄を歌い出した。
みーどり、若葉おおう〜山のかーみー
みーねにゆきかーう、しーろーいい雲
うーるむ瞳に、さちやーどる〜
いーそしーみ、つど〜う、灰海で〜
我らが、ひーかり、この島の〜
愛地に合わせ、他のゾーオンも熱唱した。それは昔、一人のゾーオンが作詞作曲したものだ。それはいつしか人々に広まり、市内全体に広まっていった。
ハイマ島を称えるかのような歌詞に初代町長、鈴木護貞が島唄として取り扱った。
けれど、現在を生きるハイマは誰もそれがゾーオンのものだとは知らない。この唄は護貞たちハイマが島に上陸する前に作られたものであった。ゾーオンがゾーオンの為だけに作ったものなのだ。
「ジバが俺たちを救ってくれるんだ。薄汚い欲にまみれたこれまでのハイマたちと違い、完全自由社会を理念とする彼らのもとで生きる! その為にはジバでないハイマを根絶させる必要があるんだ。俺たちはジバの精神に賛同する! 自由になるんだ!」
その場にいたゾーオンたちは愛地に続き口々に声をあげた。
「カイリ様が到着するまでおとなしく待っててね」
彼は満面の笑みを浮かべた。
監視のジバが近づく。
「早朝に到着されそうだ。愛地、共に迎えにあがるぞ。後の者は一階で準備してろ」
親交のあったハイマを騙し、ジバに差し出すのを繰り返してきた愛地はゾーオンの中でも一目置かれているようだった。ギョロついた目で二人を交互に見回し去っていく。
深波は島の町長の息子として、島のゾーオンたちの肉声を間近で浴び、正直精神が弱った。
しかし潤はそれ以上に心を痛めていた。愛地のことは十年以上も家族のように思っていたからだ。
兄が行方不明になって四年経った頃の放課後、潤はひとりで灰海街に足を運んだ。散歩中に腹が空いたら食べようと母がくれたキャラメルを一つ手にしている。魚屋の前で呼び込みをする小さな男の子が目に入り……それが愛地だった。よれたタンクトップは父親のお下がりだと後々聞いた。潤は食用に並べられた魚より、吊るされた小さな袋の中で泳ぐ数匹の稚魚が気になった。おそらく川でとったメダカである。
『それ、売ってないよ』
突然話しかけられ潤は怯んだ。どうやらこのメダカは店の装飾のようだ。よく見ると三袋が店内でぶら下がっている。料金表記は案の程ない。仮に売られていたとしても潤は財布を持ってきていなかった。
『でも売ってあげるよ。いくら持ってる?』
『お金持ってない』
『なーんだ』
そう言って、下げたまつ毛が太いと思った。凛々しい眉が寄っている。
『じゃあそれでいいよ』
とキャラメルを指差す。潤は二つ返事で快諾した。
メダカは母の使わなくなった灰皿をもらってその中で育てた。だがすぐに弱り死んでしまった。悲しくなり、また灰海街へ足を運ぶ。今度はハイマタウンで買ったお菓子を全身のポッケに沢山詰め込んだ。愛地はとても喜んで、ありがとう、とまたメダカをくれた。でもしばらくするとまた死んでしまった。潤は小振りなスイカを一つ抱えて灰海街へ行った。店にいるはずの愛地の姿はなく、引き返そうと振り返った時、前方で彼が手を振り駆けてくる。
『砂浜でバレーボールしようよ! え、スイカ? すごい』
愛地は飛び跳ねている。みんなで割って食べよう、と潤の手を引き砂浜へ行く。灰海を背景に潤は愛地の友達とバレーボールをしてスイカを割って、遊んで食べて、また遊んだ。
楽しかった。
「私、間違ってたのかな?」
しゃがんだままの姿勢で動かない潤を深波はそっと引き寄せた。
「関係なく、楽しくいたかった」
幼い頃からハイマとゾーオンが区別されていることは肌で感じていたが、それが何だ、と潤はいつも思っていた。ハイマであれゾーオンであれ、友達は友達で、そうでない子はそうでない。種でなく、自分の感覚で人と付き合う。それの何が間違っているというのだ。自分が話したい人と話し、一緒にいたい人と一緒にいる。それの何がいけないのだ。
「私が楽しく接したら相手も楽しくなるでしょ?」
区別されていること? 嘘だ。差別されていることを知って知らぬふりをしていた。そもそも差別されていようが関係ない。差別されている彼らと仲良くして何が悪い。自分は彼らと対等でいたい。自分がそう決めたなら周囲の意見は関係ない。自分は彼らと対等で友達になりたい。友達になりたい。何もかも関係ない。関係なく生きていたい。
「みんなの気持ちに鈍感……鈍感なふり」
自分は思っていたよりも愚かだった。
「でも、それが潤の優しさでしょ」
頭のてっぺんが少し温かい──深波は言葉で潤を撫でた。
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