15/J
「言い残すことはないか」
そう、下から誰かの声が聞こえた。半分海水に浸かった一階で多数のゾーオンが力を合わせ、何かを動かし、何かが地響きのような音をたてて動いているのが、ふきぬけからの気配で分かった。
「ジバがゾーオンを使ってハイマを処刑してる」
深波は言った。
潤たちのいる二階の床は中央が直径二・五メートル程丸くくり抜かれ、そのふきぬけを囲むように牢屋が四方に設置されていた。
夜中、潤が目を覚ました時、牢内のゾーオンたちは何処かへ連れて行かれたようで見当たらなかった。でも暫くするとハイマが一人、また一人と、さっきまで同じ場所にいたゾーオンに迎えられて鉄格子の外へ出されていくのを何回も見送っている。監視のジバが牢の側にいるが、わざとゾーオンを使っているようだった。
要するに捉えられたハイマはジバに監視されながら元々収監されていたゾーオンに連れられ一階へ降りて行くのだ。
「どうしてわかるの?」
「音で分かるよ。依然として島本来の処刑方法で死刑執行しているみたい」
「この音だよね。ぐわんぐわんって」
「執行人として動く二十人近いゾーオンに足錠を装着する。それは水中の巨大チェーンと繋がっていて、全員で一定の速度で時計回りに歩く必要がある。チェーンは部屋の海側にある高さ四メートルの観音開き扉のノブと繋がっていて、それが手前に開くと、扉の上部と水中に立つ石塔を繋ぐ鎖が緩み、そこに通されている鉄の檻は、檻と中に入っている罪人の重さで海中へと沈んでいく仕組みになってる」
「そんな風になってたんだ……ハイマのファングネイルで処刑した方が楽なのにね」
「共存共栄を謳う島はファングネイルを使って人を殺すことを拒んだみたい。それに執行人側の精神状態も配慮している。大勢で力を合わせ執行する方が本来ひとりで背負うはずの罪悪感を分散することができるからね」
「でもこんな状況になった今はもう、そんな決まり、関係ないのにね」
「ゾーオンにハイマを殺させる……ジバは何を考えているんだろうね」
吹き抜けから聞こえる一階の処刑場の音は二階にいる死刑執行を待つ罪人に意図的に恐怖を植え付ける仕組みになっていて、拘置所の内部に初めて入った潤はとても残酷なシステムだったことに衝撃を受けていた。
やがて二階に残るのは潤と深波だけとなった。
その時、多数のゾーオンと共に見慣れた顔が現れる。少年は二人を睨むような視線でいた。
「愛地……どうして」
「悪く思わないでね」
「何か事情があるんでしょ?」
「事情? ああ大有りさ。もううんざりだったんだよ。お前にもこの世界にも」
目の前にいるのは一体誰なのだろうか。潤は言葉を失った。
「なんで灰海街が貧しいか分かる? ゾーオンだと言うだけでまともな職につけない。地道に釣った魚は安価な値段でお前らハイマに搾取される」
「不満があるなら訴えれば良いじゃないか」
平和を謳う島には市民の声に耳を傾けるための島民生活センターが設置されている。それで満足できなければ裁判所だって存在する。
愛地は深波に向かって苦笑う。
「訴える? ほぼ全員ハイマで構成された組織に?」
「それでも話せば分かってもらえる。不平不満を言う前にどうして自ら行動しないのかい? 僕たちには種に関係なく発言する権利がある。でも君たちは何も発言しないじゃないか。だから全て良しとされてしまう」
「ハイマには分からない」
「分かる。分かってくれたはずだよ。耐えていれば勝手に時は経つと君たちは消極的になって自らで自分たちの首を絞めているように見えるよ」
深波の言う通り、学校の教室にいるゾーオンの生徒もみな自発力がなかった。
いじめられている者は反抗しなかったし、ハイマとゾーオンの喧嘩を今までに見たことがない。
愛地は黙った。
「何で何も言わないの」
優しい声で潤は見つめる。何故、ゾーオンはいつも黙っているの。
「……怖いからだよ……」
彼は歯を食いしばり、涙を溜めていた。それは潤が初めて見る顔だった。
「怖いからだよ! だって、相手はハイマなんだから」
潤の頭の中で愛地の言葉がループする。
「俺の父親は俺が小さい時に過労で死んだ。父ちゃんはいつも『ハイマには逆らうな』って言ってたよ。今考えると惨めで弱い奴だったよねー。お前らに逆らわないことが平和に生きる為の最良の手段だと信じてたんだ。あーあ、笑っちゃうよマジで。真面目に働いて血を流さないことが人生の成功だってさ。アホくさ。死ぬ直前でも自分が不幸せだと思ってなかったんだよねー。あーあ」
愛地は笑っていた。
「でも俺は父ちゃんのようにお人好しではないよ。いつかずっとお前らを見返してやりたいと思ってた。潤が遊びに来る度にあーあ、コイツまた俺を見下しに来たなって思ってたもんね。潤は自己満足の為に俺と仲良くしてたんでしょ?」
「なんで……違うのに」
「あー、自分でも分かってないのか。一番タチ悪いよね。教えてあげる。潤は俺たち弱者に対して優しい自分が好きなの。コイツら私と遊べて嬉しいだろ?っていつも目がそう言ってんだよ」
潤の目から涙が落ちた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます