14/J→D
照りつく太陽はしだいに沈み、辺りはオレンジ色に染まってゆく。
林をくぐり抜けた先にある、街から隔離された一角。目の前に学校で習ったことのある白い施設が現れた。
本来二棟からなる拘置所はそのうち陸地の一棟が爆破されて跡形もなく、海の中に建つように造られた巨大なもう一棟は姿形を残したまま教科書に載っている写真の通り、悠々と建っていた。
海面上の三階建てで一階部分は腰あたりまで海水に浸かる形だ。この場から海中へ受刑者を沈めて処刑する。
異様な静けさの中、潤は片方の棟だけが爆破された不格好な状態を不自然に思った。
愛地たちはその場で二人をおろす。
「あの中で休んでる」
棟内の様子は電気が止まっているため、ここからでは暗くてよく見えない。愛地がその白い建物に向かってぐんぐん歩いていくのについて行く。
大瑚の傷はどの程度だろうか、走ることはできるのか、それとも歩くこともままならないのか、潤は考えを巡らせながら再会を待ち望んでいた。
二棟を繋いでいた長い渡り廊下が折れて海から砂浜へなぎ倒されている。その屋根は自分たちを友の元へ導いてくれる橋のよう。それにしても橋が綺麗すぎる。
愛地はその上に乗り、海の中へと進んで行く。
「本当にこんな所に……」
呟く潤とほぼ同じに深波は潤の前へ手を伸ばし、自らも立ち止まった。一足先の愛地は既に建物に手をついてこっちを見ている。
「どうしたのー?」
おかしいと思う。
「どうしたの」
これまでと変わらない日に焼けた茶色い肌。後方で束ねられた黒い長髪。目尻に皺が滲み、眉を下げている。彼はいつもと変わらない。では、この違和感は何なのか。
愛地の上、即ち棟の上で何かが動いた。
「潤」
「うん……」
その瞬間、潤と深波は元の道を走り駆ける。
後方にはジバの一班。目の前に別の班が現れるとあっという間に取り囲まれる。横は海。もう逃げ場がない。しかし最後まで抵抗すると決めている。不意にジバの手が振り上がると、首に衝撃が走り、同じく目の前で暴れている深波の姿が歪み、そのまま視界から何もかもが消えた。
体が鉛のように重い。
潤が目を開けた時、最初に見たのは闇だった。そして錆の匂い。真っ暗な闇だとはコンクリートの床だった。冷たい壁にもたれるように座わり気絶している間、自身の膝と膝の間に頭を埋めるようしていたからだ。痛みが残る首を微かに傾けるとすぐ側で長い鉄格子が酸化し変色していた。
潮風に吹かれた砂利がうっすらと床に広がっている。
元から収容されていた白い囚人服のゾーオンたちは足を抱えて黙っていた。潤と同様に捕まえられた数人のハイマたちの姿もある。その多くは足を投げ出し、ただじっと天を仰いでいた。
「深波……」
潤は声を絞り出すように呟いた。他のハイマやゾーオンを掻き分け、這うように彼のもとへ行く。
「深波」
もう一度呼びかける。
深波は壁にもたれて俯いたまま動かない。額から鼻筋へ垂れた血が固まっている。また名前を呼ぼうとしたが、強烈な睡魔が襲ってくる。誰かの呻き声を聞きながら彼の肩に顔を預けるように身を寄せた。
その頃、大瑚の上半身はテトラポットを覆うようになっていた。 朝に出発して戦って、夕陽……沈みそうである。
あの時、自ら海に飛び込んだ。すぐ泳いで陸にしがみつく予定だったのだ。しかし、泳ぎの邪魔になるからと防牙爪を脱いだ直後、波に巻き込まれた。
死ぬ時はこういう感じなのか、と意外に冷静で、気づいたら意識を失っていた。
薄目の先に半分海に浸かった白色の建物が目に入る。教科書で習った島の拘置所だ。と言うことは灰海街の端まで流されたのか──。
「ちょっとしか移動してねえじゃん」
コンクリートブロックに顔を押し当てたまま、少し笑って呟いた。
自分が生きていることが面白い。本当に自分は自分であるのかと疑い、ぼーっと無駄に手を眺めたりしたが、やはり自分だ。
正直、大瑚はあの時、死んでも良いと考えていた。だから水中でもがくことをしなかった。
しかし、そう判断したことにより体は浮いて、良くも悪くも波がここまで彼を運んだのだ。自分の生死すら自分で決められないのか、といつも通り情けなさを感じる。
とりあえず海から出ようと重い体を持ち上げる。幸い体に別状は無い。潤と深波は生きているのか、これからどうやって生きようか、一気に体内で恐怖が充満した。
重く立ち上がり、すぐ近くで声がしてテトラポットの影に息を潜める。
「もうすぐカイリ様が到着する。それまで後継者には手をつけるなよ」
「わかりました」
「では我々は迎えにあがる。ちゃんと見張ってろ」
「はい」
聞き覚えのある声。
「あいつ……なんで……」
陽気な姿はそこに無く、ジバと別れた褐色肌の少年は拘置所の方へ向かっていった。
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