11/J
翌朝目を覚ますと、深波によって島の全体図が地面に描かれていた。こうして見ると、ハイマ町が島の面積のほんの一部でしかないことが分かる。
「島の周囲にはここを入れて十一箇所の監視所が点在している。そのうち八箇所は灰海街を含むハイマ町に位置し、残りの三箇所が地方に存在する」
深波は枝で所々丸をつけていく。
「要するに島の面積のほとんどをたった三箇所の監視所が請け負っているのさ」
「大変だね」
船製造禁止令といい、島はとても極端だと潤は思った。
「いや、逆に必要あるのかって感じ。だって町内以外はほとんど誰も住んでないだろ。規則でそう決まってる」
「そう。確かに町内の監視所は住民の治安と外部からの侵入者、すなわち海を見張るために存在する。けれど、地方の三箇所はもはや後者だけものなのさ」
「海を見張るだけなのね」
「そう。ジバによって町内近郊の監視所は全て爆破されている可能性が高い。けれど、島の内部と関わりを持たないその三箇所は違う。住民に位置を公表していないのさ。誰もその存在を知らないと思う」
「実際、私だって地方の監視所のことは知らなかった」
「俺も。聞いたことがない」
「そしたらジバだって知らないかもね」
「そうだな。地方なんてそもそも行く機会ないし考えたこともない。存在するのを知ったところで場所なんて分かるはずもないよな」
「僕はその三箇所に向けてピーキングをしようと思う。その為に移動する」
今いる場所から遠く離れた山奥に位置する丸印を見て、気が遠くなりそうだと思った。ジバやゾーオンを撒きながら山をいくつも越えて行かなければならない。
「無事にピーキングできたとして、もし手がかりを掴めなかったらどうすんだよ」
大瑚は地方の名も知らない海に写真の船が存在するなど考えられないようだ。
「あのさ、何でなの? 何でいつも可能性をへし折ること言うのよ」
「へし折ってない。その後のことを考えるべきだって言ってるんだ」
「後のこと考えても仕方ないじゃない。私は信じてる。絶対に船はある」
「潤の『絶対』発言はその場凌ぎの感情的勢いでしかないだろ」
「そんなことない」
「無謀すぎるんだよ全部」
「大瑚、僕は無謀でないと考えている」
深波には根拠があった。
「三箇所のうち、ここから一番遠い南端監視所に勤めるのは僕の祖父の兄なんだ」
「親戚のおじいちゃん?」
「そう。でも潤とは血は繋がってないよ。母方だからね」
「それが何だよ。て言うか変だな。じいさんが監視員なんて、もうとっくに定年退職してるだろ」
「うん。もう91歳になる」
「うわ」
「僕も一年前に監視所周りをしてからずっと変だとは思っていた。けれど今分かったよ……彼は船の情報を必ず知ってる」
「どうして言い切れる?」
深波は皺くちゃの写真を広げ、両手でしっかりと握りしめる。
「佐藤鷭。ここに写っているこの人さ」
「わお、めちゃワイルドじゃん」
写真の中の男は首にタオルをかけて咥えタバコをしている。Tシャツにジーンズ、サングラス。若き日の鈴木陽一郎の横で腕を組み、堂々としたいでたちだ。
「一年前に話を聞いた限り、彼が南端監視所に配属されたのは定年間際の61歳の時なのさ。それから三十年間、たった一人で住み込んで働いている。と言っても仕事も無さそうだし、とても暇そうだったけれど」
「隠居かよ。三十年前ってタイミングが良すぎるな」
「そう。僕もそう思う」
「一度も任期交代とかしていないのか?」
「他の監視所と違い一度も交代していない」
「怪しいな」
「気になるかい?」
「ああ気になる」
「……潤?」
「え?」
潤は二人を見ている自分が頬を緩めていることに気がついた。それは新たな希望ができたからともいえるが、それ以上に初めてみんなの気持ちが一つになった気がしたからだった。
深波の策は至ってシンプルだった。東から南へ、ジバとゾーオンを避けるように灰海街に面した島の円周を進む。そこからの山越えは三箇所すべてにピーキングを効率よく飛ばせるように島の中央を移動する。目的地とするのは鈴木鷭が居るはずの南端監視所だ。今いる東灰海監視所から直線距離でわずか百二十五キロメートルだが、生まれてからずっと、当たり前のように市内で過ごした三人にとって山越え続きの逃亡は過酷なものとなることが容易に想像できた。
この日、深波は時間の許す限り潤と大瑚に戦い方を教えた。どんな状況下でもできる準備は全て整えたかった。せめてもの救いはジバの数がそれほど多くないことである。
夜、潤はまた同じ夢を見た。母と男の子……じゃない、兄だ。母と兄と三人で布団を乗り物にして遊んでいる夢と、深波の家でお留守番をしている夢の両方だった。
潤には兄がいたことがある。名前なんて思い出せない。兄との具体的な記憶は無く、触れ合う肩の感覚と横髪しか思い出せない。兄が行方不明になってから大人たちは彼の話をしようとせず、潤はずっと「ひとりっこ」で通してきた。いや、本当はひとりっこで、兄が居たという事実が幻なのだ。と、そう思えるようになりかけてもこの繰り返される夢のせいで忘れきる事ができていない。。
大瑚はいつもみたいに起こして茶化す。これは彼なりの優しさだとずっと昔から感じていた。
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