4/D



 大瑚は写真を持ち上げてまじまじと眺めた。どうして早く気が付かなかったのだろう。ここは何処かの浜辺だろうか。写真に写った何人もの大人たちが真剣な顔つきで工具を用いながら船に触っている。何か相談しあっている様子の人たちもいる。


「しかもこれ、まさか、製造途中か……?」

「そう」


 深波は力強く大瑚を見据えた。


「30年前はとっくに船製造禁止令が出てたよな?」

「そう。船製造禁止令は100年前からあったと君たちも学校で習ったろう?」

「ああ。親父やお袋もそう言ってた」


 大瑚は自分の眉間に皺が寄るのを感じずにはいられなかった。


「この写真が本当だとすると、少なくとも30年前にはこの島に船が存在していたということになる」


 深波の落ち着いた声色の中に彼の興奮を感じた。海の先、地平線の向こう、船。これらは全部、深波の夢だ。

 しかし、遥か昔から船製造禁止令が存在するこの島で船の製造が堂々と行われていることは大瑚にとって考えられないことだった。


「これは違法行為を収めた写真だ。重罪に当たるな」

「普通なら死刑になるね」

「すごーい。この船たちまだ残ってるのかな?」


 潤は明るく言い放った。彼女は浅慮だ。それともそう演じているのかもしれないが、だとすれば面倒くさいと大瑚は思う。


「あるわけないだろ。ここに写っている奴らはとっくに捕まってるはずだ。船だって絶対に処分されている。少しは考えろ」

「えー分かんないよ?」


 潤は不満げだった。そしてまた部屋を物色しだす。彼女の態度は写真に対する嫌悪が募る大瑚を絶妙にイラつかせた。


「でもね大瑚」

「あ?」

「ここに写ってるこの人、僕の父さんなんだ」

「嘘だろ」


 大瑚は呆気にとられた。確かに面影がある。若かりし日の鈴木陽一郎が確かに写っている。そしてよく見ると見たことのあるような顔が何人か……この人たちは現在の陽一郎さんの側近だ。


「どういうことだ深波」

「わからない」

「わからないはずないだろ」

「どうして?」

「だって島代表の息子だろ? 父親から何か聞かされてないのかよ」

「聞かされていない」

「陽一郎さんたちが公認していたってことは島が公認していた可能性が出てくるだろ? これが事実なら歴史の教科書が変わってくるぞ」

「そうなるね」

「船は30年前にあったのに100年前から無いなんて、これじゃまるで、島全体が若い連中を騙しているみたいだ」

「だから僕は物凄く困惑して、居ても立っても居られなくて君たちを呼んだのさ」


 深波は額の汗を拭った。


「島の秘密……隠しごと……」


 潤がウッドテーブルに腰掛け、ポツリとつぶやく声がする。


「……一旦出ようぜ。ここは暑い」

「嬉しいと思った」


 深波の落ち着いた声がやけに響いた。


「この写真を見つけた時、とても嬉しかった。もしこれが本当だとすると、父さんを含めて僕らを騙している大人たちに不信感を覚える。でも、これが本当なら」

「おい深波」

「だって、もし、もしもだ。この島のどこかに船が一隻でもあるのなら、今すぐにでも海の向こうへ行ける」


 深波が目を潤ませているのを見て、大瑚は少し面食らった。彼は本気で島の何処かにある船の存在を信じようとしている。


「それは素敵だね」


 潤は感動していた。大瑚はまたしても自分だけが違う場所にいる気がしてならなかった。それは焦りと似ていた。焦っている? ふと、恋人との約束を思い出す。ああ、だから急いでいるのか、と思い直した。暑い。熱気と体温で視界が霞む。



 外の空気が欲しくて螺旋階段に足をかけたその時、





ゴゴゴオオーーッッ






 天井から砂が落ちる。


「なん、だ……?」


 驚いたが辛うじて声が出た。もしかして地震か?


ゴゴゴゴゴゴゴゴゴオオーーーーッッ


 地が揺らいだ。


「二人とも伏せて!」

「なに……ッ……なにが起こってるの?」


 爆発。この単語が脳全体に広がった。むしろこの単語しか浮かばない。あらゆる事を考えたいのに脳の神経が思うように動いてくれない。



──大瑚!


 母が叫んでいる。


──みんな……っ……


 父が職場から家族に向けて発した声は途中で途切れた。


「ねえ、どうしよう。鳴り止まないよ! ねえ」


 次の瞬間、心臓をつくような音がして、部屋が大きく軋んだ。いや、天井が揺らいだ。それは頭上に来たのだ。

 どう考えても異常だ。自分達が置かれているこの状況は異常だ。


「12……13」


 屈んだままの深波は小声で爆発音を数えている。


「だめ! 誰にもピーキングが届かない!」

「俺も!」

「僕もダメだ! 14……ッ……15」

「……くっそ」


 大瑚がこの地下に入ってから予想を上回ることばかりが起きている。


「やめてくれ、もう、頼むから」


 両腕で頭を抱えるように耳を塞いだ。爆発音は間髪入れずに続いている。大瑚は何度も家族にピーキングをした。だが返答はない。音は止まない。外で何かが起こっている。かなりの大規模だ。しかし、今ここを出てはいけないと誰もが分かっていた。


「……46……」


 遠くの方で最後の一つが鳴り終わり、音は止んだ。耳鳴りが酷く頭が痛い。





──君たち、生きているか。




 潤と大瑚は息を飲み、縋るように深波を見つめた。鈴木陽一郎から3人にピーキングがあった時、大瑚は音が鳴り出してからもう何時間もここにいる気がしていた。しかし実際はわずか数分程度に過ぎない。


──父さん……! 


 代表して深波がピーキングを返す。


__僕たちは地下室にいます! 無事です! 地上では一体何か起きているのでしょうか?


──暫くはそこから動くな。いいか、絶対に出てくるな。


__なぜ、一体何が?


 ピーキングが帰ってこない。


_____父さん、聞こえますか? 父さん!


「み、深波」


 潤の声が震えている。


__父さん! 父さん!


 もうだめかと感じた時、しっかりと声が届いた。






──この島から脱出するのだ。我々の血を決して絶やすな。


 それを最後に陽一郎の声が聞こえることはなかった。

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