9-9

 お兄さまが『なにを言ってるんだ』とばかりに目を丸くする。


「そんなゴミみたいな大人からは、守ってやればいいだけの話さ。だってあの子は子供で、僕は」


 あっけらかんと言って、お兄さまがアレンさんを見つめる。

 そして、ひどく残忍で凶暴で冷酷な笑みを浮かべた。


「手段を択ばない――汚い大人だからね」


 私は目を見開いた。


 難しく考える必要はない。

 やりたいことは、思いっきりやらせてあげればいい。

 理不尽からは、しっかりと守ってあげればいい。


 あの子は子供で、自分は大人なんだから――。


 ああ……。それをまるでなんでもないことのように言えてしまうお兄さまは、本当にすごい。


 心配するのは当然だ。でも、それで子供のやる気を削いではいけない。夢を妨げてはいけない。

 わかっていても、やっぱり茨の道を歩ませたくないと思ってしまいがちだ。やめておきなさい。考え直しなさい。そう言って引き留めたくなってしまう。情があるからこそ。


 でも――お兄さまはそうしない。


 思えば、私のやりたいことや、やろうとしていることを否定したり、反対したことも一度もない。どんな荒唐無稽に聞こえることだって、「いいね、やってみれば?」って言ってくれる。

 そして、協力は惜しまないでいてくれる。


「お嬢さま、今日のご飯はなんだ?」


 マックスがワクワクした様子で駆けて来る。その後ろでリリアと笑い合うアニー。その笑顔は、とても晴れやかだ。

 私はそんなアニーを見つめて、唇を綻ばせた。


 私も――そうありたい。

 子供たちに思いっきり夢を見させてあげられる大人でありたい。


「あぁ、そうだ。それで思い出した。言い忘れていたけれど、グラストン伯爵だったっけ? 僕は大人だから、アレはちゃんと始末しておいたからね。安心していいよ」


 なんて!?


 私もアレンさんも、そして子供たちも目をひん剥いてお兄さまを見た。


「し、始末って!?」


「え? 始末は始末さ。ゴミは片づけるものだろう?」


 だ、だから、具体的に! どう始末したのか、片づけたのかを!


「こ、公子さま……?」


「グラストンってアレだろ? 初日にお嬢さまを殴ろうとしたヤツ」


 ――そう。内緒にするのは絶対に無理だとは思っていたけれど。


「殺しちゃった……とかじゃないですよね?」


「さすがにそれはないと思いますが……」


「うん、さすがにそれはしてない。貴族名鑑からその名前は消えたけど」


 アレンさんと顔を見合わせていると、お兄さまがあっけらかんと言う。


 貴族名鑑から!? じゃあ、命は奪ってなくても、社会的にはしっかり抹殺してるじゃない!


 心の中で、両手を合わせる。


 グラストン伯爵……。ちょっと無茶を通そうとしただけなのに……ご愁傷さまです……。


「なぁ、お嬢さまー。メシー」


「あ、そうだったね! 今日はね、新商品の一つと、お店では出していないパンよ!」


 私は厨房から木のパン箱を持ってくると、子供たちの前でふたを開けた。


「じゃーん! メロンパンとナポリタンドッグでーす!」


「「「うわぁー!」」」


 子供たちが目を輝かせ、歓声を上げる。


「すげぇ! でっけぇ! メロンってあのメロンか!?」


「形がメロンにそっくり! 色もすごく綺麗!」


「これは絶対に人気出るよ! お嬢さま!」


 やっぱりときめきが詰まったパン。三人の目は、まずメロンパンに釘付けに。


「なんだこれ? パンにパスタが挟まってる!」


「こんなのはじめて見たよ。味の想像ができない」


「ねぇねぇ、お嬢さま。ナポリタンってなぁに?」

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