9-3
両手で顔を覆って、下を向く。
いつもなら、こうすればクリスティアンは慌てて謝罪し、優しくしてくれる――はずなのに。
「……では、訊くが、私のお金を使って高価な香辛料を買い、それでよくわからぬ料理を作って、目についた民にだけ食べさせる――それは、国家・国民のためになっているか?」
「っ……。そ、それは……」
しかし、クリスティアンはため息まじりの冷めた声を響かせる。
アリスは口ごもり、おずおずとクリスティアンを見つめた。
(なに? 今まで、クリスティアンが私を責めたり、否定することなんてなかったのに……)
悪役令嬢アヴァリティアが聖女だと聞いてから、クリスティアンはどこか変わった気がする。
「殿下……あの……」
「しばらくは大人しくしていてくれ。私も先日、大きく評判を落としてしまったばかりだ。知っているだろう? 君のフォローをしてやれる状況じゃないんだ」
「……でも……」
なんとか反論しようとするも、クリスティアンは「アリス、わかってくれ……」とだけ言って、踵を返してしまう。
その背中をにらみつけて、アリスはガリガリと親指の爪を噛んだ。
(どうして上手くいかないのよ!)
あの女は、この方法で上手くやったのに!
それが、なによりも悔しい。
◇*◇
「ああ! 聖女さま!」
「待っていました!」
お店のドアを開けた瞬間、わぁっと歓声が上がる。
オープン初日と同じく、陳列台を外に出して、商品見本と値札を並べる。そして、おつりの籠。さらに小さな台を持って来て、そこにジャムが入った小瓶を入れた大きな籠を置く。
「ああ、やっと聖女さまのパンが食べられるのね! どれだけ待ち遠しかったか!」
「そうそう! うちの旦那も子供も、聖女さまのパンがいいって、今までのパンを食べてくれなくなっちゃって!」
「うちもそうよ。聖女さまになられたんだから、もう戻られない可能性だってあるって言ったら、三日ぐらい泣き止まなくて……」
「わかるわ、うちもそうだったもの」
お客さまたちが頷き合う。
そ、そうなんだ?
お店は、本日から再開。
正直、再開の告知は充分とは言えなかった。一日でも早く再開したくて、告知の期間はほとんど設けなかったの。
それでも、オープン前なのにすでに長蛇の列ができるほと、お客さまが来てくださった。本当にありがたい。
「今回も、お一人さま三つまでとさせていただくことを、お許しください」
できるだけお客さまに直接届くように大きな声で言って、頭を下げる。
お店のドアには張り紙がされているし、今日も孤児院から手伝いに来てくれたマックスが列整理をしながら告知してくれていたので、すでにお客さまは承知して下さっていると思うんだけど……それでもこういうことはきちんとしなくちゃいけないと思うから。
「この人気ですもの。当然ですよ」
「そりゃ、我儘を言えばもっと欲しいですけど……。でも制限することで、多くの人がパンを手にできるようになるんですもの。むしろありがたいですよ」
「そうだよなぁ」
みなさん、笑顔で快く受け入れてくださる。――本当に、頭が下がる。
私はにっこり笑って、ジャムが入った籠を手で示した。
「ご理解いただき、ありがとうございます。お詫びとしまして、今度売り出すアモレという新しいフルーツのジャムを用意させていただきました。お一人様お一つ、お持ち帰りくださいませ」
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