9-2

「そ、そういうことではありません!」


 神官がムッとした様子で声を荒げる。


「では、助け合いを否定なさっているのでしょうか?」


 アリスは負けずに言い返した。


「私は、自分の持っているものをみなさまと分け合っているだけです。それがみなさまを、そして私の心を救うと信じて。どうしてそれを頭ごなしに『やめろ』などと言えるのですか?」


「ですから! そういうことではなく!」


「でしたら……!」


「――やめろ、アリス」


 畳みかけようとしたそのとき、背後から低い声がする。

 アリスはビクッと身を弾かせて、素早く後ろを振り返った。


「クリスティアンさま……」


「すぐに片づけるんだ。帰るぞ」


 王太子――クリスティアン・オーネスト・エリュシオンが、ため息交じりに言う。

 神官はホッとした様子で王太子に頭を下げた。


「殿下、助かります」


「こちらこそ面倒をかけてすまない」


『面倒』――その言葉に、アリスはムッとして眉を寄せた。


「殿下? どうして……」


「どうして? こっちの台詞だよ、アリス。いったいなにを考えて、こんなことをはじめたんだ」


 クリスティアンが理解できないといった様子でため息をつく。


(なんなの? その態度)


 まるで、アリスの存在を面倒臭いと思っているみたいだ。

 ――おかしい。クリスティアンは自分にぞっこんのはずなのに。


「で、でも、みなさまには感謝されていて……」


「貧乏人に感謝されたからって、それがなんだと言うんだ?」


「え……?」


 信じられない言葉に、表情が強張る。

 同時に、遠巻きにアリスたちを見ていた人々もざわめいた。


「で、殿下? 貧乏人だなんてそんな……!」


 衆目の中で、民を貧乏人扱いするなんて!


『私の妃になるということは、いずれは国母になるということ。お前が蔑み、踏みつけた者たちは、この国の民! 私が生涯をかけて守っていくべき存在なんだぞ!』


 二年前――。悪役令嬢断罪の場では、民こそが国の宝だと示していたのに。


 アリスのことを、『ものの数にも入らない庶民の女』だと吐き捨てたアヴァリティアに、『守り、慈しむべき民をまだそのように!』と怒りをあらわにしていたのに。


 なにより――。


(私も身分は平民なのよ? それなのに、平民を貧乏人と呼ぶなんて!)


 それはアリスを軽んじる発言でもある。

 アリスはクリスティアンをにらみつけた。


「殿下、今のは……!」


「貧乏人ににこにこ笑いかけて食べものを与えている姿が、貴族の目にどう映るか考えたのか? みな、嗤っているぞ」


「えっ?」


 思いがけない言葉に、思わず目を見開く。


「わ、嗤って……? どうして……」


「わからないのか?」


 クリスティアンが再び、やれやれとばかりに息をつく。


「平民が、ノブレス・オブリージュの真似ごとをして、平民のご機嫌取りをしている」


「っ……! ひどいっ!」


「私が言ってるんじゃない。大半の貴族には、そうとしか受け取られていないと言っているんだ」


「そんな……!」


「平民だから、国家・国民のために尽くす義務や、慈善を施す美徳を勘違いしていると……。実際、当たっている部分もあるだろう」


「殿下までそんなことを!? ひどいです!」

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