9-4
「アモレ? 愛?」
新しいフルーツとは――そう、あの赤い洋ナシもどきだ。
あれには、『アモレ』という名前をつけたの。
実は、アレンさんの発案。
私は外国での名前に倣って、この国の『心臓』って意味の言葉を名前にしようと思ったんだけど、真っ赤なうえにとろけるように甘いでしょ? だから、『愛』はどうかって。
『この味に似合うロマンチックな名前のほうが、売れると思います』って。
アレンさんの狙いどおり、女性客が「ちょっとドキドキする名前ね」「楽しみね」と笑い合う。
「数日後には新商品も売り出しますので、またぜひとも買いに来てくださいませ!」
「新商品!?」
お客さまたちがいっせいに顔を輝かせる。
そのとき、お店から――マックスと同じく孤児院から手伝いに来てくれているリリアが出てくる。そして、リリアは私の隣に並ぶと、小さな声で「時間になったよ」と言った。
「アレンさんとアニーのほうの準備は大丈夫?」
「大丈夫みたい」
オープンの日と同じく、最初の布陣は、マックスが列整理。私とリリアが接客&お会計。そしてアレンさんとアニーが注文の品の袋詰めだ。よし! じゃあ、行きますか!
私はカランカランとハンドベルを鳴らしながら、笑顔で声を張り上げた。
「では、再オープンいたします!」
再び、歓声が上がる。
「じゃあうちは、バターロール二袋と、あんバターで」
「私はクリームパンとあんバター、あんぱんで!」
「うちはカレーパン三つで!」
「かしこまりました!」
注文品をお店の中に伝えて、お金の受け渡しをする。
「よかったら、ジャムの感想を聞かせてくださいね」
「もちろんです! 新商品も楽しみにしています!」
手早く出てきた商品を渡して、笑顔でお礼を言う。
「ありがとうございました!」
商品を受け取った瞬間、お客さまが本当に嬉しそうに笑う。
パンを焼くのも大好きだけど、やっぱり一番の醍醐味はここよね。
笑顔が溢れる――この瞬間がたまらなく好き!
すべてを売り切り、疲れ果てて、孤児院の年長組三人とアレンさんとともにお店で潰れていると、一人元気なお兄さま(元気なのは手伝ってないから。閉店間際に来たのよ)が、カラカラと笑って、私の頭をぽんぽんと叩いた。。
「目論見が甘過ぎたね。店の規模は絶対に今の三倍は必要だったよ。まずはティアと同じレベルでパンを焼ける人間を育てて、営業時間内は交代でどんどんパンを焼き続けられる環境を整えてからオープンすべきだったよ。まだまだだね、ティア。そんなところも愛らしいけれど」
私はため息をついた。
パン屋兼聖女となって決まった私の朝のルーティーンは、暗いうちから起き出して、お店に出勤。パンを焼く準備をはじめる。
一晩かけて一時発酵したパン生地たちを捏ねてガス抜きをして、成型。それをただひたすら行う。それから、二次発酵。
二次発酵の間に、アレンさんと合流していつもの神殿へ。聖女の間で聖女のお勤めをする。
それが終わったら、急いでお店に戻って、パンを焼いて焼いて焼きまくる。合間に、調理パンの調理や、酵母液を作ったり、次の日以降の元種を作ったり。やることはとにかくいっぱいある。
あっという間に時間は過ぎて――朝九時。孤児院の年長組三人が手伝いに来てくれる。そこから、本格的に開店準備に取り掛かる。
そして――十時に開店。
その後はひたすらパンを売って、三時間から四時間――お昼過ぎにすべてのパンが完売する。
最初は、お昼ぐらいに暇を見つけてパンの第二段を焼いて、夕方まで商品が尽きないようにする予定だったんだけど、お客さまの数が想定外過ぎて、朝に焼いた分を売り切って終了するしかない状態になっている。
その分、朝に焼く量をオープン日の倍以上に増やしたんだけれど――それでもおやつの時間までもたなかった。
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