8-15

 歌い終わると同時にみんなすごく喜んで、枝にある実をすべてプレゼントしてくれたの。

 応援を呼ばないと、絶対に持って帰れない数。いや、最初のテオブロマにもらった分だけでも、私たちだけで持って帰れるかはすごく怪しかったけれど。


「ありがとう! 本当に嬉しい!」


 テオブロマたちが伸ばしてくる枝の端を握って、お礼を言う。これは握手なのかな?


「聖女の歌と祈りは……ものすごく効果がありましたね……」


 アレンさんが呆然としたまま、ポツリと言う。


「そうですね。よかったです」


「よかった……? まぁ、よかったんでしょう。テオブロマの実を大量に手に入れられましたし、今後も安定的に手に入りそうですし……。その面では」


 アレンさんがため息をついて、額に手を当てる。


「聖女の歌と祈りは精霊に栄養を与え、自然のバランスを整えるだけではなく、魔物をテイムすることまでできるなんて……」


「あ……」


 そっか。これってテイムしたことになるのか……。


 テイムとは、モンスターなどを手懐け、飼い慣らして、味方として使役する能力のこと。

 退けたり、弱らせる力はあるんじゃないかと思ったけれど、まさかテイムできるなんて。


「しかも、多くのテオブロマは、自分に向けられたわけではない歌を――その気配を聞きつけて、自分にも歌ってほしいとやってきた……。圧倒的な力で無理やり押さえつけて従えるのではなく、魔物に自ら従いたいと思わせるなんて……。なんてすごい……」


 アレンさんは、さらに深いため息をついた。


「聖女の利用価値がどんどん上がっていくな……」


 あー……。なるほど、そういうため息でしたか。


 まぁね? 聖女の利用価値が上がれば上がるほど、聖女を利用しようと考える輩は増えるもの。しかも、私は市井でパンを焼いて暮らすことを希望して、神殿の奥で大人しく守られてくれないときたもんだ。さらに言えば、精霊たちもそれを支持している。

 そりゃ、神殿からしたら頭が痛い問題だよね。

 面倒をかけるつもりはないんだけどね?

 でも、自分の未来を犠牲にするつもりもない。

 だって、悪役令嬢を完璧に演じ切り、エピローグで語られていた罰も甘んじて受けて、きちんとやり切ったのは、これから先――好きなことを好きなだけやるためだもの!

 そこは譲れない。

 だけど、繰り返すけれど、だから周りに迷惑や面倒をかけても平気っていうわけではない。


 私は腕を組んで天を仰いでいるアレンさんの袖をちょんと引っ張った。


「あの、アレンさん……私は……」


 そこから言葉が続かなくなってしまう。


 謝るのは違うと思う。だって、謝ったところで譲れないものは譲れない。それは変わらないもの。改善する気もないのに謝るのは、その場を誤魔化しているにすぎない。

 でも、苦労や面倒をかけている申し訳なさは、たしかにあって――。


 そんな気持ちが伝わったのか、アレンさんが苦笑する。


 その微笑みは、魂を抜かれてしまいそうなほど綺麗で、泣きたくなってしまうほど優しくて――心の底から安心するほど温かかった。


「ああ、すみません。気にしないでください。貴女はできることを、やりたいことを、思いっきりやっていいんです。それを否定する気持ちは微塵もありません。大丈夫です」


「アレンさん……」


「本当ですよ? 貴女を鳥籠に閉じ込める気はありません。貴女が貴女のまま自由であることは、私が願うところでもあります」


 アレンさんが、恭しく私の手を取る。


「それにこれは、私にとっても神殿にとっても良い発見です。貴女は、ある程度の魔物に対しては身を守る術を持っているということですから」


「え? あ……」


 そっか。そういうことにもなるのか。


「それは私も嬉しいです」

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