8-16

「私が危惧しているのは、ただ……」


 アレンさんがじっと私を見つめる。

 黄金色に見える不思議な色合いの双眸が、甘やかに煌めいた。


「ライバルが増えてしまうなぁと……」


「!」


 ラ、ライバルって……。


 かぁーっと顔が赤くなってしまう。


 ア、アレンさんって、ちょいちょいこういうのぶっ込んでくるよね……。どう反応したらいいかわからない……。


「ティア? どうしたー?」


 イフリートが、なんて言ったらいいかわからず顔を赤くして俯いた私を不思議そうに見上げる。


「え? ううん! だ、大丈夫だよ。イフリート」


 ……自分で言っておいてなんだけど、なにが大丈夫なんだろう?


 でも、幸運なことに、イフリートもほかのにゃんこたちも、そこはツッコまず。……よかった。


「ね、ねぇ、みんな。グレドさんのところへ行って、人手を借りてきて」


「わかったぞ!」


「待ってなさいよ!」


「いいよ。二人きりにしてあげるよ」


「ち、違っ……!」


 違うから! そういうつもりで言ったんじゃないから! やめてよ! シルフィード!

 それに二人きりじゃないよ! 周りにどれだけテオブロマがいると思ってるの!


 しかし私が反論するよりも早く、みんな消えてしまう。 


 や、やめてよぉ……。変に意識しちゃうじゃない……。

 沈黙は気まずい……。なんか言わないと……。ええと、話題話題……。


「ギィ?」


「キ……」


 テオブロマたちが、もじもじしながら話題を探している私を、不思議そうに眺める。


「チョ、チョコレート、楽しみにしていてくださいね……」


 まるで取ってつけたような、当たり障りのないことを言う私に、アレンさんは――なぜだろう?とても嬉しそうに目を細めた。


「はい」





          ◇*◇





「こ、これは……なかなか……」


 アレンさんが肩で息をしながら、汗を拭う。


 わかってたけど! わかってたけど! それでもやっぱり、チョコレートを手作りするのって、めちゃくちゃしんどい!


 私は疲れて痺れてきた手をプラプラさせながら、はーっと深いため息をついた。


 さて、ここで、みんながお店で二~三十円でも手に入れることができちゃうチョコレートがどうやって作られているかを説明しましょう。


 まず、カカオの実の厚さ約一センチの硬い殻を鉈などで叩き割ります。


 中には、白いヌルヌルした果肉がびっしり入ってるの。その白い果肉一つ一つ中に、カカオ豆が入っている。一つの実から、だいたい三十粒から四十粒ぐらい取れるかな。


 それを白いヌルヌルした果肉ごと取り出して、木箱などに入れて数日間発酵させます。


 発酵することで紫色だったカカオ豆は茶色く変色し、チョコレート特有の香りの元となる糖質やアミノ酸が生成されるの。


 発酵が終わったら、今度は天日干しで乾燥させる。最近では機械を使うこともあるらしいけれど、一般的には日光と自然の風に当てて乾燥させることが多いみたい。


 次は、豆をロースト。熱を加えて、カカオ豆独特の香りと風味を引き出すの。ローストによって生じる香りの成分は千種類以上あると言われていて、ローストの仕方によって香りが変わるそう。だから、どのような味わいのチョコレートにするかによって、ローストの方法が変わるんだって。


 ローストが終わったら、カカオ豆を荒く砕いて、種皮を取り除き、カカオ豆の胚乳部――カカオニブだけにする。種皮が残っているとその分雑味が出ちゃうから、丁寧に。


 そうして取り出したカカオニブを、さらに細かく砕いてすり潰します。すり潰すことで、ココアバターがにじみ出て、ドロドロのペースト状になるの。


 これが、ココアやチョコレートの原料。


 ココアのパウダーは、このペーストから脂肪分を半分以上搾り取る。そうするとペーストがまた固まるから、それを砕いて粉末状に。それを冷風に当てて、脂肪分を結晶化させて、できあがり。


 長いなーと思ったでしょう? でも、チョコレートはここからだから。


 チョコレートは、ドロドロのペースト状になったものに砂糖やミルク、ココアバターなどを加え、しっかり混ぜ合わせます。どのような味わいのチョコレートにするかによってその配合バランスは変わるし、さらにそれに合わせたさまざまな材料をここで加えるの。


 そして、ペーストの中の粒子を細かくする。口の中でザラザラしないようにね。


 ざらつきを感じないレベルにまで微細化したら、今度は精錬――時間をかけて練り上げていくの。そうしてペーストをどんどんなめらかにしていくとともに、発酵の際に生じた酢酸を適度に飛ばす。でも最近では、わざと酸味を多めに残したチョコレートも多いかな。私も好き。


 それが終わったら、調温――テンパリングと呼ばれる工程。加熱・冷却を正しく適切に行って、ココアバターを均一に結晶化させ、安定させる作業。

 チョコレートのなめらかなくちどけと美しい艶は、このテンパリングによって生まれるの。

 やり方は何種類かあるけれど、総じて言えることはとても繊細な作業で、失敗も多い工程。


 テンパリングが成功して、ようやくチョコレート生地のできあがり。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る