8-14

「ギィ……」


 パイプベッドが軋んだような音を発して、テオブロマが振り上げていた枝を下ろす。

 テオブロマの表情があきらかに穏やかになっていく。


「キィ、ギ……」


 テオブロマがのそのそと動き出し、近寄ってくる。

 でも、先ほどのような殺意と言うか、攻撃する気満々な感じはもうまったくない。

 まるで歌に誘われるように、ゆっくりと歩いてくる。


「ギィ」


 歌い終えたとき、テオブロマは私たちの前で幹を折り曲げて、頭を垂れていた。


「…………」


 思わずアレンさんと顔を見合わせる。


 嘘ぉ……。めちゃくちゃ上手くいったんだけど……。


「あの、実がほしいんだけど……」


 言葉は通じないだろうけれど、一応言ってみる。勝手に毟るのもどうかと思うし。


 テオブロマは幹を伸ばして私を見、投げつけるために枝の一端で持っていた実を見る。

 そして少し考えたあと、それをそっと私の前に差し出してくれた。


 つ、通じた!?


「あ、ありがとう!」


 お礼を言って受け取ると、テオブロマがわずかに目を見開く。

 そして、嬉しそうに目尻を下げて、ぶるんと大きく身を震わせた。


「わっ!?」


 五十個以上はあっただろう実が、一斉に地面に落ちる。

 呆然としていると、テオブロマは枝で実を器用にかき集め、再び私の前に差し出した。


「こんなにいいの? ありがとう! すごく嬉しい!」


 差し出されたものの一部を抱き締めて微笑むと、テオブロマがたまらんとばかりに身を震わせる。

 そして、「ほかには?」「ほかになにがしてほしい?」という感じでじぃっと私の顔を覗き込んだ。


 えーっとぉ……。


「今はこれで大丈夫なんだけど、また実がほしくなったらここに来てもいい?」


 と言ってみたものの――これ、人間の言葉で言って通じるんだろうか? 

 不安だったけれど、テオブロマは少し考えたあと、嬉しそうに笑って枝を前後に揺らした。ん?この動き……もしかして頷いてる?


「ホント? じゃあ――」


 目印にリボンを結ばせてくれないかと提案しようとした――そのときだった。


 にゃんこたちが目を丸くして視線を巡らせる。と同時に、ドドドドドドドドッとものすごい音と地響きがし出して、アレンさんがビクッと身を弾かせた。


「ティア!」


「わっ……!」


 アレンさんが素早く私を抱き寄せ、ナイフを手に臨戦態勢を取る。

 その瞬間、なんと四方八方から一斉にテオブロマが現れた。


 な、なにこの数――!


 思わず悲鳴を上げてアレンさんにしがみついてしまう。だって、この数が同時に攻撃してきたら、さすがのアレンさんでも防ぎ切れないんじゃない?

 にゃんこたちもいるけれど、でも……!


 思いっきり青ざめたけれど――しかしテオブロマたちはそれ以上近づいてこなかった。

 私たちを取り囲んだまま、なぜかみんなもじもじしている。


「な、に……?」


 震えながら周りを見回していると、実をくれたテオブロマが枝の先でちょんちょんと私をつつく。


「え? なに……?」


 そちらを見ると、テオブロマが枝の先で幹にある顔の口もとを示した。


 あ……? も、もしかして?


「う、歌えばいいの?」


 私の言葉に、テオブロマが枝を前後に揺らす。これ、やっぱり頷いてるよね?


「わかった」


 私はアレンさんから身を離し、姿勢を正すと、先ほどと同じくしっかりと心を込めて歌った。


 結果――どうなったかと言うと、私の前にテオブロマの実の山ができました。

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