8-13

「すごく美味しいです。私もシルフィードと同じでカレーっぽい味のものが好きですね」


 無心で食べていたアレンさんが、私を見てにっこり笑う。


「よかった。飲みものは……」


 そのときだった。


 にゃんこたちがいっせいにピクンと耳を動かして、同じ方向を見る。アレンさんもまたピリリと身体を緊張させ、素早くそちらへと視線を向けた。


 え? な、なに?


 私も彼らの視線を追うも――なにもおかしなものは見つからない。ただ普通の森だ。

 首を捻っていると、しばらくしてドッドッドッドとなにか音が聞こえ出す。


 なに? この音。


 アレンさんとにゃんこたちがラップサンドを食べ切って素早く立ち上がり、私を守るように囲む。そこでようやく、その音が近づいてきていることに気づいた。

 私は慌ててラップサンドをきんちゃく袋に戻して、立ち上がった。


 野生動物かなにかだろうか? でも、それだったら、にゃんこたちもアレンさんもこんなに緊張しないよね?


 じゃあ……もしかしてテオブロマ?


 ドッドッドッドという音とともに、ガサガサと藪を掻き分けるような音も近づいてくる。


 そして――それは姿を現した。


「っ……」


 赤い洋ナシもどきの木と同じく、幹に大きな顔がついている。でも、共通点はそれぐらい。


 顔は凶悪そのもの。目は吊り上がっていて、口は大きく、たくさんの鋭い牙が覗いている。

 幹はそれほど太くなく、高さもあまりない。根は……いや、あれはもう足だと思う。十本あって、右五本・左五本を交互に前に出して進んでいる。


 そして、枝はぐねぐねと長く、たくさんのカカオによく似た実がついていた。


 あれが……テオブロマ……。


「!」


 まじまじと見つめていると、テオブロマのほうも私たちを見つけて、ピタリと止まる。

 そのまま、たっぷり五秒ほど硬直して――どうしたんだろうと眉をひそめた瞬間、テオブロマは牙を剥き出して叫び声を上げた。


「キエェエエェエエエ!」


「っ……!」


 金属がこすれ合うような嫌な音に、思わず身を竦める。


「ティア!」


 瞬間、アレンさんがテオブロマをにらみつけたまま、叫んだ。


「歌を!」


「!」


 私はハッとして顔を上げた。


「大丈夫です! アレは絶対に近づけさせません! そして、逃がしもしませんから!」


「そうだぞ! ティア!」


「安心して歌って!」


 彼らの頼もしい言葉に勇気をもらう。

 何度か深呼吸をして、恐怖に強張りかけていた身体をほぐした。


 まったく! 自分がやりたいって言い出したことなのに、竦んでしまうなんて!


 私は数歩後ろに下がり、姿勢を正すと、大きく息を吸った。


「Lu――!」


 お勤めのときの、祈りを届けることを目的とした語りかけるような歌い方ではなく、少し強めに声を出す。

 瞬間、実を毟って投げつけようとしていたテオブロマがビクッと身を震わせ、私を見た。


 わかって。あなたの実がほしいだけなの。そのために、少しだけ仲良くさせてもらいたいの。


 声は強めだけど、心はあくまで穏やかに。真摯にテオブロマを見つめて、自分は危険な存在ではないこと。危害を加えるつもりはないことををわかってもらえるように、音を紡ぐ。


「…………」


 お願い。わかってほしい。誰もあなたを傷つけない。むしろ、仲良くなりたいと思ってる。


 嫌なことは絶対にしないから。

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