8-7

「も、申し訳ありません! い、今すぐ静かにさせますので!」


 グレドさんがざぁっと一気に青ざめ、急いで駆けていこうとする。待って! 大丈夫だから! そういう忖度は必要ないから! 


 慌てて、アレンさんとともにグレドさんを止めていると、イフリートがまた余計なことを言う。


「こいつらの実がすごくうみゃいって本当なのか? そんなふうには見えないぞ」


「なによ? ティアが嘘ついてるって言うの?」


 だけど、私が何かを言う前に、オンディーヌがイフリートをにらみつける。


「そ、そうじゃないぞ!」


 イフリートが慌てた様子で私を見上げた。


「違うぞ! ティア! オレさま、ティアを疑ったわけじゃないぞ!」


「うん、わかってるよ。大丈夫」


「し、試食してみますか?」


 その言葉に、にゃんこたちがぱぁっと顔を輝かせる。


「いいのか?」


「食べたいわ!」


「で、では、少しお待ちを」


 グレドさんが魔物植物に近づいてゆく。


 一つの木に、ついている実は一つか二つ。まったくついていない木もある。

 日本で見る果物農園のイメージがあると、もっとたわわに生っているのを想像してしまうけれど、でも相手は魔物だし……こんなものなのだろうか?

 これだけ広大な農園でたくさん育てていても、一つの木で一つか二つしか生らないなら、大量に流通させるのは無理かも? 安定して数を確保できるようになったと言っていたけれど、それってどのぐらいの規模感の話なんだろう?


 そんなことを考えていると、突然おじさんのあられもない声(野太い)が響く。


「あぁんっ!」


「!?」


 私はびっくりして、バッとグレドさんへ目を向けた。


「グ、グレドさん? 今のなんですか?」


「え? ああ、この魔物は、実を捥ぐときに鳴くんですよ」


 赤い洋ナシもどきを持ったグレドさんが、「驚きますよね」と苦笑する。


「…………」


 な、『鳴く』と言うより『喘ぐ』って感じだったけど……。


 見ると、実を捥がれた木は幹を少しくねらせ、なんだか恥ずかしそうにもじもじしている。


 え……? なに? その反応……。な、なんかヤだな……。


 若干引いていると、グレドさんが実を持って私たちのもとに戻って来る。

 そして、ナイフでササっと素早く皮を取り除き、一口大にカットしてくれた。


 若干の抵抗はあったけれど、それを一つつまんで口に入れる。


 あれ……?


「おお! うみゃいじゃないか!」


「ホント。甘~い! 美味し~い!」


「たしかに美味しいですね。林檎と洋ナシの良いとこどりと言うか……」


 にゃんこたちもアレンさんも笑顔で二つ目に手を伸ばす。


「…………」


 うーん。たしかに美味しいんだけど、王都で食べたもののほうがもっと香り豊かで甘みが強くて美味しかったな。これはまだまだ味が薄いというか……。


 私はグレドさんの手もとにある実を見た。


 王都で見たものは、もっと赤が深かったような気がする。


「もしかして、まだ完熟状態じゃない? 洋ナシと同じで収穫してから追熟させたほうが美味しくなったりします?」


 追熟とは、収穫後に一定期間置くことで、甘さを増したり果肉を柔らかくしたりする処理のこと。

 果物には追熟するものと追熟しないものがあって、たとえばバナナや桃、メロン、キウイなどは、収穫直後は食べても美味しくないの。流通に乗って、お店に並んで、消費者のもとに届くまでにも徐々に追熟は進んでいるけれど、購入してからも風通しがよく、直射日光の当たらない常温環境に数日置いておくと、しっかり完熟して美味しくなる。

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