8-6

「はい。ポータルを使いますので、ええと……五、六時間ぐらいですね」


「ぽ、ポータル!?」


 準備をして、アレンさんに来てもらって、ポータルがあるアシェンフォード公爵領で一番大きな神殿に向かうから――うん、だいたいそのぐらいかな。

 指折り確認していると、グレドさんもガタガタと立ち上がり、あり得ないと首を横に振った。


「ま、まさか! ポ、ポータルだなんて……!」


 うん、わかるよ。ナゴンを探しに行くなんて超個人的な理由でポータルを使うってアレンさんが言ったとき、私も同じ反応したもん。


 ポータルは大前提として、暗殺などを警戒しなくちゃいけないやんごとなき身分の方々に安全に移動していただくためだったり、神官さまや聖騎士さまによる迅速な対応が求められるときなどに使われるもので、一介の公爵令嬢ごときが個人的な欲望を満たすために使っていいものじゃない。


 でも、実は私、このたび聖女になりまして。

 聖女は一応、やんごとなき方に分類されておりまして。


 そして、最近ちょこちょこ使ったせいか……その……私用で使うのに慣れはじめておりまして。


 あ! わかってはいるのよ? 私用で使うのはよくないって。でも欲望には勝てないと言うか! 警護警護って言うなら、そのぐらいは融通利かせてくれてもよくない? って思いは、正直ある!注意されたら、ちょっと控えるつもりではいる! 本当よ?


 でも、使えるものは使う――。それも、商売の鉄則じゃない?


 私はグレドさんを見て、にっこりと笑った。


「大丈夫です。ビューンと行っちゃいましょう!」





          ◇*◇





「めちゃくちゃマジの魔物(ヤツ)じゃないですか……」


 私は目の前に広がる農園? 農場? を見て、呆然と呟いた。


 赤い洋ナシもどきの実をつける魔物は――それこそファンタジーではよく見る、木の幹に大きな人間の顔がついているモノだった。


 それが、広大な農地に見渡すかぎり整然と並んでいる絵面は、ちょっと怖い。


 そして――。


「うるさいんだぞ!」


 イフリートが顔をしかめて、前足で耳を押さえる。


 そう。口があるから、しゃべるのよ。この魔物。周りとぺちゃくちゃおしゃべりしているから、農場全体がとてもうるさい。


「大きな口……。なにを食べるんですか?」


 瞬間、グレドさんがビクッと身を弾かせる。


「あ、は……はい。ええと……」


 まだひどく緊張した様子で、手拭いで汗を拭う。


 実は、グレドさん。聖女が覚醒したことは知っていたらしいんだけど、王都にいなかったせいか、それがアシェンフォード公爵令嬢――つまり私であることを知らなかったそうなの。

 だから、ポータルの話をしたときに「まさか!」って驚いていたのは、『公爵令嬢がポータルを使うなんて!?』って意味だったみたいなの。

 それで、私の声に応えて斬新な色のにゃんこが現れたり、私の連絡で聖騎士がやってきたりで、私が普通の公爵令嬢ではないことに気づいて、どんどん青ざめていき――その後、その聖騎士・アレンさんから私が聖女であることを知らされ一気に顔面蒼白。光の速さでその場で平伏していた。

 そしてガクガク震えながら、「と、取引などととんでもない! 聖女さまがご所望なら農場ごと差し上げます!」と叫ぶグレドさんをなんとか宥めて、普通に接してほしいと説得して、ようやくわかってもらったんだけど……やっぱりまだ緊張は解けないみたい。


「ま、魔物とはいえ植物でもあるので、養分は根から吸収摂取しています」


「えっ!?」


「顔はありますが、動物のような内臓はありません。口に入れて咀嚼はできるでしょうが、食道も胃も腸もないので飲み込めないし、消化できないし、排泄もできません」


「そうなんですね」


「じゃあ、アイツら無駄にうるさいだけなんだな。口がなきゃいいのに」


 これ、イフリート。そういうことは思っても口に出してはいけません。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る