8-5
男性はそう言って――それからハッとした様子で頭を下げた。
「ああ、申し遅れました。私、行商をしておりますグレドと申します。この果実ですが、実は私が業者に持ち込んだ物でして」
「あ、そうなんですね。たしかに、欲しいと思っていました。お値段にもよりますけど」
私は男性――グレドさんを店内に招き入れた。
厨房から丸椅子を持って来てすすめると、グレドさんは「や、これはありがとうございます」と言って、腰を下ろした。
私もその向かいに丸椅子を置いて腰かけると、ずいっと身を乗り出した。
「すごく美味しかったです! これは新種の果物なのですか?」
「いえ、実はこれは魔物でして」
「ええっ!?」
ま、魔物ぉっ!?
「正確には、植物の魔物の実です」
「た、食べても大丈夫なんですか!?」
めちゃくちゃ美味しくいただいちゃいましたけど!?
「はい、それはもちろん。『魔物』と言われると驚きますが、実は身近なものなんです。みなさん、知らないうちに結構摂取しています」
「そ、そうなんですか?」
「ええ、一番有名なのはマンドラゴラでしょうか」
「あ……!」
マンドラゴラは知っている。ファンタジーではわりと定番だ。
根の部分が人間のようになっており、地面から引っこ抜くときには、この世のものとは思えない悲鳴を上げる。それを聞いた者は即死すると言われている。また、完全に成熟すると地面から這い出して、辺りを徘徊したりもするらしい。
細かい設定は物語やゲームによって少しずつ違うけれど……たしかにあれは一応魔物……よね。
ちなみにこの世界では、強い解毒作用があり、疲労回復や精力増強にも効果があるとされていて、医者でも処方されるし、薬屋でも普通に手に入る。それは粉末だけど。
「納得しました……」
ちょっと驚いたけど、でも考えてみれば、もとの世界でも昆虫やら深海魚やらいろいろなものを食べるわけだし、身体に悪くなくて、なにより美味しければ、魔物でも問題ないよね。
「こちらは、もともとこの国には自生……いや、生息? は、しておりませんでした。十年前――買い付けのため諸外国を巡った際に出逢い、その美味しさに感動し、私が持ち込みました」
「十年前ですか? でも、あまり市場では見かけませんよね?」
「はい、栽培……いえ、養殖と呼ぶべきでしょうか? とにかく、育てるための詳しい方法などもしっかり勉強したうえで持ち込んだのですが、土地が違うからなのか……その知識がまったく役に立たず……。満足いく味の実をつけさせるのに、十年かかってしまいました」
なるほど。
「つまり、売り出しにかかったということは、納得いく味になっただけでなく、ある程度安定して数を確保することもできるようになったと……そう考えても大丈夫ですか?」
「そのつもりです」
グレドさんが大きく頷く。その視線はまったく揺らがない。自信のないそぶりもいっさいない。
信頼はできそうかも?
だけど、商売人たるもの。営業の話を鵜呑みにしてはいけない。ちゃんと自分自身の目と耳で、納得いくまで確かめてからじゃないと。
「お話はわかりました。とても美味しいので、条件さえ合えば、アシェンフォード公爵家のほうで扱わせていただきます。そのためにも、まずは現地を見せていただけますか?」
「ええ、もちろんでございますとも! ありがとうございます!」
グレドさんがぱぁっと顔を輝かせ、何度も頷く。
「ただ、場所なんですが……実はかなり遠くて、南の果てのライトラー辺境伯領になるのですが、視察のご予定はどれぐらいになりそうでしょうか?」
「あ、今すぐ行きます」
「はいいっ!?」
立ち上がりながらそう言うと、グレドさんが目をひん剥いて素っ頓狂な声を上げた。
「い、いえ、ですから、場所は南の果てでして……」
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