7-7

 私が聖女になった途端、くるーっと手のひらを返した元・同級生や先輩、後輩たち。さらには、その親たちも。なんなの? 集団記憶喪失にでもなったわけ? 断罪イベント時――私がアシェンフォード公爵家から勘当されたときも、何を言ったか、何をしたか、覚えてないの?


 思いっきりアヴァリティアを詰った、蔑んだ、嘲笑した同じ口で、よくもまぁあれだけの賛美・称賛を吐き出せるものよね。言えば言うほど、二枚舌であることを、口先だけで心がこもってないことを証明しているようなものなのに。


「でも、まぁ……貴族ってそういうもんよね……」


 真面目で馬鹿正直では世を渡れない。賢明なだけでも駄目。狡猾にならなければ、すぐに足元をすくわれ、食いものにされてしまう。

 迷うことなく誰かを踏み台にしてのし上がってこそ、大きな力を得られる――そんな世界だから。


「手のひら返しがここまでひどいと、王太子殿下やアルマディン侯爵令息がすごく誠実にも思えてくるわ」


 王太子殿下の側近で『エリュシオン・アリス』の攻略対象でもある、ギルフォード・マークス・アルマディン侯爵令息は、私が聖女なのがよほど信じられないのか、それとも信じたくないのか、懐疑的で嫌悪感丸出しの目を向けるだけで、近寄ってくることはなかった。


 当の王太子殿下は、チラチラとこちらを窺っていたけれど、それは全力で気づかないふりをした。だって、先日の主神殿での一件を考えても、絶対に面倒臭いことになるに決まっているもの。


 ヒロインの姿はなかった。王太子から寵愛を受けていても平民だから、当然と言えば当然だけど。


 あからさまなご機嫌取りや擦り寄りには腹が立つけれど、そこはそれ――聖女として邪険にするわけにもいかず、笑顔でつきあわなきゃいけないのがもうしんどい。


 その点では、悪役令嬢のアヴァリティアはラクだったなぁ……。気に入らないことは無視するか、暴言をぶつけて追い払えばよかったもの。


「しんどい思いをしたらお腹が減ったし、何か食べよう。何があるかなー?」


 私はどれどれと、ズラリと並ぶオードブルを見回した。


 夜会ではだいたい別室に食べものが用意されているんだけど、あまり食べている人は見たことがない。お酒を飲むから、食事をしてから来る人が多いのもあると思う。お腹が空いていると、アルコールの回りが早くなるからね。


 あと、女性はコルセットをしているからというのもある。ウエストをぎゅうぎゅうに絞め上げていたら、食べものなんか入らないよね。水分すら取れなくて、倒れてしまう女性もいるぐらい。え? 私? 私はコルセットはしてないの。だって、二十一世紀の日本育ちだよ? コルセットなんて苦手に決まってるじゃない。それに、そもそもアヴァリティアはスタイル抜群で、コルセットなんか必要ないし。


 だから、今のところ、用意されているオードブルは完全手つかずだ。もったいない。


「あ、可愛い。ピンチョスだ。生ハムとモッツァレラチーズとバジルのものと、こっちはパテ・ド・カンパーニュかな? 青豆のブルーテに野菜のテリーヌ、キノコのマリネ。チーズもたくさんの種類があるなぁ。フルーツもいろいろ……えっ!? メロンがあるじゃない!」


 この世界のメロンは食べたことがない。


 たしか、十九世紀にはもうメロンは野菜ではなくフルーツという認識になっていたはずだけど、もちろん二十一世紀ほど品種改良は進んでいないし、栽培技術自体もまだまだ未熟なはずだから、味はどうなんだろう? 美味しいのかな……?


 おそるおそる一つ食べてみる。


「ん! ちゃんと甘い!」


 甘いけれど、かなり控えめな感じ。水っぽくて味が薄いし、そこそこ青臭い。当然二十一世紀のそれにはまったく及ばない。これをお金出して買おうとは思わないなぁ。

 お安いビュッフェのデザートコーナーにあっても、食べるかどうかって味。

 高級ホテルビュッフェだったら、クレームを入れる人もいるかもしれない。


 あらためて、しみじみ思う。品種改良ってすごいんだなぁ……。


「美味しいメロンが食べたい……」


 美味しいメロンも食べたいし、美味しいメロンパンも食べたい!


「あ~! 思い出しちゃった……!」


『パティスリー銀座千疋屋 銀座三丁目店』の『プレミアムメロンパン』! あれ、めちゃくちゃ美味しかったんだよね~! 私史上、最高のメロンであり、メロンパンだった。

 と言うのも、中にカスタードクリームと静岡県産マスクメロンの果汁を使ったメロンクリームが入っていて、上のクッキー生地にもメロン果汁が練り込んであるの。

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