7-6
悪役令嬢を完璧に演じ切ると決めたのは私自身だ。それでもやっぱり人から嫌われるのはとてもつらかった。
だから、あのころの私にとって、シャディローランの存在は本当に救いだった。
また彼女とこうして話せて――彼女の最高傑作が着られて、純粋に嬉しい。
私はフィッティングルームでドレスを脱いで身支度を整えると、シャディローランに再度お礼を言って、お店を出た。
「アレンさん、この近くにティーサロンがあるのですが……」
馬車へと向かいながら、アレンさんに話しかけた――そのとき。
「わぁっ!」
五~六歳ぐらいの、大きなカンパーニュのようなパンを抱えて走っていた男の子が躓いたのか、叫び声を上げて転ぶ。
その細い両腕から飛び出したパンが石畳に当たってゴツンと音を立てて、私は思わず目を剥いた。
ゴツン?
パ……パンが奏でる音じゃないんだけど!?
「大丈夫?」
慌てて駆け寄って、子供を助け起こしてあげる。
「だ、大丈夫です……。ありがとうございます……」
男の子は礼儀正しくお礼を言って、申し訳なさそうに身を引いた。
「ぼ、ぼく、あんまり綺麗じゃないから……。お嬢さまのお洋服が汚れちゃう……」
「そんなこと気にしなくていいから」
私はしゃがんで、男の子の膝を確認した。軽く擦りむいてはいたけれど、血が出るほどじゃない。手のひらも、肘も大丈夫そう。
「足を捻ったりはしてない?」
私はそう言って立ち上がり、パンを拾い上げた。
「うっ……」
見た目以上にずっしりと重い。凄い密度。そりゃ、ゴツンっていうわ。
「だ、大丈夫です」
「そう? よかった。じゃあ、これ。大事に持って帰ってね」
ゴツンと音がする岩のようなパンを差し出すと、男の子はそれを大事そうに抱き締めて頷いた。
「ありがとう。綺麗なお嬢さま」
お行儀よく丁寧に頭を下げて、再び駆けてゆく。
「あのパンを薄く薄く切って、スープなどでふやかして食べるんですよね……」
「そうですね。購入したばかりのようですから、あれでもまだ柔らかいほうでしょう。焼いてから時間が経てば経つほど、乾燥してさらに硬くなっていきます」
その言葉にゾッとしてしまう。私だったら一発で歯と顎を壊してしまう。
子供の柔らかい歯やお年寄りの弱った歯だったらって考えると、本当に恐ろしい。
あのパンは心を満たす食事にはなり得ない。
あのパンを食べて、マックスやアニー、リリアたちをはじめとする孤児院の子供たちのような、先日の主神殿の作業員たちのような笑顔にはなり得ない。
「心を満たしてあげたいですね……」
食事一つ変えるだけでも、人生は色鮮やかに輝く。
「心を満たす食事を知ってもらい、民の生活を豊かにする――でしたね。あなたの夢は」
アレンさんが優しく微笑み、私の手を取る。
「何度聞いても素敵です。手伝いますよ」
その言葉が、理解が、とても嬉しい。
私はアレンさんににっこりと笑いかけて、ともに歩き出した。
アレンさんが、お兄さまが支えてくれるから、私は迷いなく進める。
◇*◇
「とはいえ、面倒臭いものは面倒臭いよねぇ……」
私は食事が用意してある別室へ逃げ込んで、はぁ~っと深いため息をついた。
王宮での夜会――。充分知っていたし、覚悟もしていたけれど、貴族のしがらみは本当に複雑で難しく、陰湿で汚く、とにもかくにも面倒臭い。
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