2-14

 私はよいしょとその子を抱え直して、首を傾げた。


「え……ええと、君は?」


「あれ? わからないか? オレはイフリートだぞ」


「はっ!?」


 イ、イフリートぉぉぉっ!?


 そのとんでもない答えに、今度こそ愕然とする。


 イフリートとはゲームに登場する六大精霊のうち、火を司る精霊の名だ。


 六大精霊とは、水・風・火・大地に光、そして闇の精霊のことを指す。

 この六大精霊の加護を得て、ヒロインは聖女として覚醒するのだ。


 ちなみに、水の精霊の名ははオンディーヌ。風の精霊がシルフィード。大地の精霊がグノームで光の精霊がリュミエール、そして闇の精霊がアーテルだ。


「ひ、火の精霊って……」


「っ……やはり……!」


 震える私の横で、アレンさんも顔色をなくす。


「そうだ! イフリートさまだぞっ! 敬え!」


 腕の中で、イフリートと名乗ったでっかい赤い猫が胸を張る。


 い、いやいやいやいや……。


「う、疑うわけじゃないけど……でも、触れるよ? 精霊って実体のないもののはずでしょう?」


「そうだぞ」


「だったら、おかしいでしょう? 実体がないのに、こうして触れるなんて……」


「それはお前の力だぞ? 聖女はオレさまたちの声を聞いて、オレさまたちに実体を与えることができる。そして、聖女によって、オレさまたちは精霊から聖獣になることができるんだ」


「は……?」


 ええっ!? 精霊に実体を与える!? は、はじめて聞いたんだけど!?

 それに、聖獣ってなに!? 知らないんだけど!? はじめて聞くワードなんだけどぉ!? 


「ア、アレンさん!?」


 慌ててアレンさんを見ると、彼は蒼白のまま頷いた。


「はい、伝承にはそうあります。聖女だけが精霊の声を聞き、精霊に受肉――つまり実態を与え、国を守護する聖獣に育てることができると。聖女の力とは、直接国を守護するものではありません。国を守護する存在をこの世に顕現させるものなのです」


 え……? あ、そうなんだ……?


「シナリオではそこまで描かれてないから知らなかった……」


 って言うか、ちょっと待って! ってことは、好きな動物を訊いたのはどういう姿に受肉するか決めるためだったってこと!?

 そ、そういう大事なことは先に言ってよね! よかったぁ~! ゾウとかカバとかドラゴンとか言わなくて! イフリートの好みに合わせて答えてたら、とんでもないことになってたよ!


 いや、待てよ? 国を守護する聖獣って考えると、にゃんこも決して正解ではないんじゃない? もふもふで可愛いけど、威厳とかを考えたらゾウとかドラゴンのほうが見映えがした可能性も……。いや、もふもふで可愛くて私的には最高なんだよ? でも、聖獣として考えると、やっはり……。


「シナリオ?」


 頭を悩ませる私の腕の中で、イフリートが小首を傾げる。あ、こっちの話だから、忘れて。


『エリュシオン・アリス』の大ファン――台詞の一言一句まで覚えているぐらいガチ勢なエリアリクラスタである私が、大事な聖女の設定を把握してなかったの? って思うかもしれないけれど、これはある意味仕方がないと思う。


 基本的にどのルートでも、ヒロインはクライマックス直前に精霊と交流を持つことに成功する。

 そのあと断罪イベントとか、最終試練イベントとか――そのあたりはルートごとに違うんだけど、それをこなしてから最終恋愛イベント→エンディングって流れ。

 そして、エピローグにて、ヒロインが聖女として覚醒したことと、そのルートでの幸せな未来が語られて終わる。


 そう――。実は、ヒロインが聖女として覚醒するくだりって、彼女が特別な女の子であることと、彼女が平民という身分でありながらスペシャルなイケメンたちと幸せになるためのつじつま合わせみたいなところがあって、精霊とか聖女にかんする詳細ってゲームの中では全然出てこないのよ。だから、知らないことも多いって言うか……。


 そこまで考えて、私はブンブンと激しく首を横に振った。


 いやいや、違う違う! 問題はそこじゃないってば!

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