2-13

 どこからともなく子供のような声がする。私はびっくりしてあたりを見回した。


「え? な、何?」


『お? 聞こえるのか。やったぁ! オレさま、運がいいっ! なぁなぁ、オレさまにもくれ! カンイってヤツも! クリームだけも! 食べたい!』


 だけど、姿は確認できない。当然だ。キッチンには――ううん、この家には私とアレンさんしかいないのだから。


 外? ううん、それも違うわ。そんな離れたところからじゃない。すごく近くで声がするもの。そもそも声がする方向がわからない。不思議と反響する声。なに? なんなの?


 耳を押さえて周りを見回していると、アレンさんが「どうかしましたか?」と首を傾げる。


「ええと、声が聞こえて……」


「声? 私には何も聞こえませんが……」


「え? そうなんですか?」


 すごくはしゃいでてうるさいぐらいなのに?


「私だけに聞こえる声……?」


 やだ、なにそれ。ちょっと怖いんだけど……。


『なぁなぁ、お前。動物はなにが好きだ?』


 でも、声に不穏な感じは一切ない。

 年齢はマックスぐらいかなぁ? ちょっとやんちゃで元気な男の子って感じだ。 


「ど、動物?」


『そう、動物。いろいろいるだろ? ホラ、鹿とか、鷹とか、虎とか、ドラゴンとかさ!』


 あれ? ドラゴンって動物だったっけ?

 まぁ、それはともかくとして、ラインナップがそれこそすごく男の子っぽくて、微笑ましくて、私は思わず笑ってしまった。


 それで少し緊張がほぐれて、私は宙を見つめた。


 さて、なんて答えよう? この声の主の好みに合わせるべき? それとも正直に答えるべき?


「なんでもいいの?」


『おう、なんでもいいぞ。お前が一番好きなのだ!』


 どういった意図で訊いているのかわからないし――よし、ここは正直にいこう。


「じゃあ、猫かな」


『えーっ!? 猫ぉ!? あんなちっちゃい、弱っちそうなのが好きなのかよ?』


「駄目なの? なんでもいいって言ったじゃない」


『言ったけどさぁ~……。ちえっ、やっぱり女だなー』


 ありゃ、機嫌を損ねちゃった? 少し心配するも、当の本人(人かどうかはともかくとして)はさほど気にしていなかったらしく、すぐに気を取り直して『でも、まぁいいや。猫な? 猫!』と明るい声を響かせた。


 次の瞬間、私の頭上にポンと真っ赤ななにかが現れる。


「え、ええっ!?」


 そのまま落下してきたそれを慌ててキャッチする。


 び、びっくりしたぁ! ど、どこから現れたの!? このね――。


 私は腕の中のそれをまじまじと見つめた。


 燃え盛る炎のような、真紅に金色の模様が入ったフワフワの毛並み。ピンと立った三角の耳に、金色の輝く瞳。黒い鋭い爪を持つ太い脚、驚くほど長い尻尾――。


 ね、猫……なんだよね……?


 見た目はものすごく猫っぽいんだけど、それにしては色がおかしいのと、大きさがちょっとした小学生ぐらいあるものだから不安になってしまう。


「これは……!」


 アレンさんも驚愕の声を上げる。

 と同時に、いまだ事態を呑み込めない私に、腕の中の猫っぽいものがニカッと人懐っこく笑った。


「ホラ、猫だぞ。これが好きなんだろ?」


「…………」


 やっぱり猫なんだね? 私がイメージしていた猫とはちょっと違ったけど……。まぁ、たしかにその奇抜な毛色を除けば、世界最大の猫(メインクーン)みたいではあるかな? あれもちょっとした小学生ぐらいあるもんね?

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