2-12

「……これをお一人でやろうとしていたんですか?」


 余熱でこれ以上火が入ってしまわないように、できあがったクリームをバットに移していると、アレンさんが腕をさすりながら信じられないといった様子で私を見る。


「え? ええ」


「これほどの重労働を、その細腕で?」


「あー……」


 たしかに大変だけど、でも今アレンさんが感じているほどの重労働ではないと思う。


「これは腕力があればいいってものでもないんです。重要なのはコツと要領で、それさえつかんでいれば、さほど腕力がなくてもできるんですよ」


「そうなんですか?」


「はい、でもやっぱり決してラクな作業ではないので、手伝っていただけて助かりました」


 にっこり笑うと、アレンさんがなんだか嬉しそうに頬を染める。


 そう。アレンさんが言うほど重労働だとは思っていないけれど、とはいえ決してラクな作業じゃないのよね。火にかけてからの工程は絶対に手でやるしかないけれど、玉子を混ぜる段階の作業はミキサーに任せられたらってすごく思う。クリームを作るときだけじゃない。パン生地を作る際もすごく役立つのはわかってる。ほしいよ、ミキサー。


 でも、まぜるとか、こねるとか、そういう単純な動きのみに特化した機械は逆に作るのが難しいのよね。


 前に説明したとおり、ここは科学の代わりに魔法が発達した世界。


 この世界を構成していると考えられている六元素――水・風・火・大地・光・闇からなる魔法。そこから派生した氷や雷といったもので説明がつけられるものは、わりとなんでもある。

 光の魔法があるからボタン一つで部屋の照明をつけられるし、火の魔法があるからガスコンロとオーブンも存在している。水の魔法があるから蛇口を捻るだけでいつでも綺麗な水が使い放題だし、水の魔法から派生した氷の魔法があるから冷蔵庫もある。


 だけど逆に、六元素の魔法や派生魔法では説明づけられないものや、あるいはそこにあるだけで世界観を壊しかねない違和感を生じさせてしまうようなものはない。


 だから、ミキサーのような六元素の魔法や派生魔法に関連付けることができない――ただ電動で単純な動きをするものはないし、開発もものすごく難しいのよね。

 電気って雷を応用できそうな気もしないでもないけれど、そんな単純な話でもないのか――雷を電気として使った機械はまだ見たことがない。


 でも、いつかは開発に成功してみせるわ! そこは公爵家の財力にものを言わせて! だって、お店が大きくなったら絶対に必要だもの!


 あ、言わないで。家族が泣いて懇願しても戻らず好き勝手やってるクセに、都合のいいときだけ公爵家を利用するのかって思ったんだよね? わかるよ。だけど心配ご無用。誰も不快に思ったりしない。むしろ私の場合、これこそが家族孝行なの。だって、お父さまもお母さまもお兄さまも、アヴァリティアの我儘に泣いて喜ぶ人たちなんだもの。適度に使ってあげないと!


 雷を電気として使う機械を作ることができたら、まずはミキサー。次はデジタルスケールよね。そしてデジタル温度計もほしい。それだけで作業が格段にラクになるもの。そのあとは――。


「すごく甘い……いい香りがしますね」


 ついつい頭の中で開発用の予算を組みはじめていると、アレンさんが好奇心にキラキラ光る目でカスタードクリームを見つめる。


 あ、いけない。考えに没頭しちゃってた。


「ええ、本当にいいできです。アレンさんのおかげですよ。あとは、これが冷めるのを待ってからパン生地で包んで焼くわけですが……」


 私はそこで言葉を切り、クリームからふんわりと上がる湯気を見つめた。

 クリームはつやつやして本当に美味しそうだ。お手伝い頑張ってくださったし、せっかくだからできたてを食べてもらいたいよね。


「すごくいいできなので、今すぐ味見したいですね……。先ほど出した簡易カレーパンと同じく、食パンを使って簡易クリームパンを先に作っちゃいましょうか」


「いいんですか?」


 私の提案に、アレンさんがぱぁっと顔を輝かせる。あ、食べたかったんだ?

 っていうか、嬉しそうな笑顔もまた可愛くて素敵すぎるんだけど!


「もちろんです! クリームだけも味わってみますか?」


 にっこり笑って頷いた――そのときだった。


『それ、オレさまにもくれ! 食べたい!』

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