2-9
え? 外にまで香ってた? そんな香るようなメニューじゃないけど……。
不思議に思ってキッチンのほうを振り返って――ダイニングテーブルの上のカレーが目に入る。あ、そっか! あれか! スパイスをじっくり炒めて作った渾身のカレーパン用カレーだもんね。外まで香ってないわけがない。
私は満面の笑みでアレンさんを家の中へ招き入れた。
「ブランチは別メニューなんですが、そちらの香りの正体も試食していただきたいので、ぜひ!」
やったぁ! 試食要員ゲット! 辛い料理がほとんどない世界だもん。子供たちには刺激が強いかもしれないから誰に試食してもらおうかって思ってたんだよね~!
「そちらに座って、少しだけ待っててくださいね」
アレンさんにはダイニングの椅子に座ってもらって、調理再開。
片方のフライパンの中に、ベーコンを一枚追加。もう片方のフライパンにはバターを溶かして、お玉一杯分のパンケーキ生地をそっと流し込む。綺麗な円になるように。
表面にフツフツと小さな気泡ができてきたら、ひっくり返してゆっくり火を通す。
ベーコンが端がカリカリになってジュウジュウいってきたら、その隣に玉子を二つ割り入れて、ベーコンエッグに。
パンケーキを数枚焼く間に、戸棚から食パンを取り出して薄くスライス。そのまま耳も落とす。そして食パンの中心にカレーパン用のカレーを置き、縁に溶かしバターを塗ったら、三角に半分に折って、フォークで縁を潰すようにして閉じる。
できあがったベーコンエッグは冷めないようにフライパンごと少し脇に退けて、空いたコンロに別のフライパンを置いて多めに油を引いたら、弱火でそれを両面じっくりと焼く。食パンで作る、お手軽焼きカレーパンだ。
てきぱきと無駄なく動く私を、アレンさんがひどく感心した様子で眺めている。
色鮮やかな温野菜を乗せたお皿に、パンケーキを二枚とベーコンエッグを盛りつけて、ブラックペッパーを振ったら、たっぷりのメープルシロップをかける。昨日の残りの豆スープを添えたら、ブランチの完成。そして、アレンさんには焼きカレーパンも添える。
「ベーコンエッグのパンケーキ、そして焼きカレーパンです。どうぞ召し上がってみてください」
アレンさんが、好奇心に目をキラキラさせながら皿を見つめる。
「また、はじめて見る料理です……。ベーコンエッグは知っていますが……」
「ベーコンとパンケーキを一緒に食べてみてくださいね」
そう言って、アレンさんの向かいに座る。
私、これ大好きなのよね。どこか懐かしいパンケーキにカリカリベーコン、黄身が半熟の玉子。ベーコンの脂と塩味、メープルシロップの甘味、玉子の濃厚な旨味、ブラックペッパーがピリリと利いて――その絶妙なバランスがたまらない。
ナイフとフォークで切って、パンケーキとベーコンを一緒に頬張る。
「ん~っ! 美味しい!」
「……! 甘い?」
アレンさんも一口食べて、驚きに目を丸くする。
「パンのようなものとベーコンなのに? いや、ちゃんと塩味もする……。でも、とても甘い……。ピリッとした刺激も感じる……」
そう言って、すぐさま二口目、三口目と食べ進めてゆく。
前回ごちそうしたときも思ったけど、アレンさんは食事のマナーが素晴らしく綺麗だ。
カトラリーの使い方は完璧。それをお皿にぶつけて耳障りな音を立てることもない。その所作は流れるように美しい。
食べるスピードは早いのに、口いっぱいに頬張ることもしないし、もぐもぐしながら次を口へと運ぶこともしない。口にものが入った状態で話したり、咀嚼音を立てることもない。
今も――しっかりとよく噛んで呑み込んでから、感想を言ってくれる。
「ベーコンからはベーコンの肉汁と脂が、パンケーキからは甘いシロップが、じゅわ~っと口の中いっぱいに広がって……しょっぱくて、でも甘くて、ピリッとした刺激もあって……なんだろう?すごく不思議です……。どうして味が喧嘩しないんだろう? いろいろな味がして、それが本当に絶妙なバランスで……すごく美味しいです!」
そうでしょう。そうでしょう。
「そして、とにかく後引きます」
「玉子の黄身と絡めると、また美味しいですよ」
言葉どおり、パンケーキとベーコンにトロリとした黄身をたっぷりと絡めて口に運ぶ。
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