2-4

「そうなんだ……。ずっとここにいてほしいのに、僕だけじゃなくみんながそう思っているのに、明日には帰るなんて言ってるんだよ……。そう! 『帰る』だよ? ティアの家はここなのに! ひどいと思わないかい?」


 そう言ってため息をついて――しかしすぐにピクンと身を震わせ、宙を見つめる。


 そして、お兄さまはぱぁっと顔を輝かせると、私を見た。


「ティア! 大切な友人の妹である君に親愛を込めて、彼がプレゼントをくれるってさ!」


 その言葉とともに温室の水路の水が噴き上がり、花火のように散る。

 そして、小さな無数の雫が陽光を受けてキラキラと煌めきながら、木々や花々に降り注ぐ。


「わぁ!」


 雫を浴びた木々や花々はその色を濃く――鮮やかにし、温かな陽の光の下でさらに輝きを増す。


 美しい光景に呆然としていると、お兄さまが「ね?」と笑った。


「僕にもできただろう?」


「い、今のは……」


「ただの演技と水の魔法だよ。精霊っぽく魅せるのは少し難しいけれど、でも練習すれば誰にでもできると思うよ。ぶっつけ本番ではじめてやった僕ですら、このクオリティでできたんだから」


「…………」


 そ、そうだった。この人、魔法の才能も超一流だった。 


 私はテーブルの上のティーカップを見つめた。


 お兄さまは、ここが乙女ゲームの世界であることを知らないから、そう言う。そう考える。

 でも、違う。ヒロインは本当に精霊と意思疎通ができるのだ。

 そして、六大精霊に気に入られ――聖女になる。

 それは、設定で定められており、どのルートのシナリオにも必ず描かれている確定事項だ。


 でも、だったらなぜ、そのとおりになっていないの?


 エンディングから二年経ち、本来ならすでに聖女として覚醒しているはずのヒロインが、聖女の資格を有していることすら、誰からも認識されていない。

 だからこそ、貴族たちの大反対にあって、王太子殿下と結婚できずにいる。

 ヒロインが聖女として覚醒していないから、辺境の地ではまだ魔物が溢れている。


 どうして、ここまでのズレが起きてしまっているのだろう?


「なるほどね? どうりで、最近ミジンコ王太子がやたらとすり寄ってくるわけだ」


「殿下が?」


「そう。それがあまりに鬱陶しくて、休暇を取っちゃった」


「あ……。それで、こちらにいらっしゃったんですね」


 おかしいと思った。

 第一騎士団にて現在副団長をしているお兄さまは、主君をお守りするため、王国の安全のため、年に一度の夏の休暇以外は王都に詰めているのが常。それ以外で領地に帰ってくることなどない。それなのに、屋敷にいたからなにごとかと思ったけれど……。


「すり寄って、とは?」


「言葉どおりさ。過去のティアの罪は不問にする。この二年で深く反省しただろうから、公爵家に戻すことも、再び社交界に顔を出すことも許可する。だからお互いに歩み寄るのはどうだろうとか、以前のように支えてほしいだとか、回りくどく、遠回しに、ネチネチと!」


「ええっ? そ、そんなことを?」


「そうなんだよ! 鬱陶しい! アシェンフォードの怒りを買うことは承知のうえであんな方法で婚約破棄をしたはずなのに、どうして今さらにじり寄ってくるんだろうって思ってたんだよね! でも、ルミエス嬢がそういった嘘をついていたのだとしたら、すべてに説明がつく」


 お兄さまはイライラした様子で紅茶を一気に飲み干すと、ガチャンとティーカップを置いた。


「ルミエス嬢が嘘をどう誤魔化したのかは知らないけど、いまだに彼女にご執心なところを見ると、ミジンコ王太子は騙されたとは思ってないんだろうね。精霊なんてそもそもが気まぐれなものだし、ルミエス嬢も自分もその気まぐれに振り回されたぐらいの認識なのかもしれない。まぁ、とにかく、神殿という大きな後ろ盾も民の支持も得られなかったばかりか、アシェンフォード公爵家を無駄に敵に回してしまった――ミジンコ王太子は実は今、焦っているんじゃないかい?」


「焦って……」


 それなら、やっぱりヒロインが聖女の資格を有していることを黙っているのはおかしい。

 それさえ公表すれば、晴れてヒロインと結婚できて、神殿という後ろ盾も民衆の支持も得られて、万事解決。すべてが望みどおりになるはずなのに。

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