2-3

 考えもしなかった言葉に目を見開く。


 ヒロインが、嘘をついている――?


 そんな馬鹿な。だってまず、嘘をつく必要がないもの。

 だって、ヒロインは間違いなく聖女の資格を有している。そういう設定なんだから!


「王太子の脳がミジンコレベルでも、アシェンフォード公爵家を敵に回すことがなにを意味するかぐらいは理解しているだろう。それは、強大な後ろ盾を失うってことだ。自身の立場が揺らぐってことだ。だからどれほどルミエス嬢を想っていたとしても、ティアとの婚約破棄はまた別の話で、本来ならそれは絶対に避けたいことのはずなんだ」


 それは、私も同意だ。王族の婚姻は政治。本来、好いた腫れただけでできることではない。


「でも、ルミエス嬢が聖女の資格を有しているとなれば話は大きく変わってくる。太陽神ソアルの子孫である王太子と、精霊と心通わせる聖女の婚姻は王国のさらなる繁栄を約束するようなもの。神殿というアシェンフォード公爵家よりも大きな力を手に入れたうえで、民衆からも大きな支持を得るだろう。間違いなく、王太子殿下の権力は盤石なものとなる。我がアシェンフォード公爵家を切っても、お釣りがくるよ」


「そうでしょう? ですから……」


「だったらなぜ、それを真っ先に提示しなかったんだい? そうすれば、誰も反対なんかしないさ。さっきも言ったように、満場一致でルミエス嬢との婚約を承認したはずだよ」


「……それ、は……」


「いや、今からだって遅くない。ルミエス嬢が聖女の資格を有している証拠を提出しさえすれば、二人は大手を振って一緒になれる。それなのに、なぜそうしない?」


 お兄さまがその双眸を鋭くする。


「その答えは、『嘘だったから』じゃないのかい? すべてはルミエス嬢がついた、王太子殿下にティアとの婚約破棄を決断させるための――嘘」


「っ……それは……」


「なるほどね。卒業パーティーでの婚約破棄宣言……。アシェンフォード公爵家相手にずいぶんと大胆なことをしたなと思ってたんだけど、それなら説明がつくね」


 お兄さまは納得した様子で頷く。


 でも――違う! ヒロインは本当に精霊と心通わせられるのよ! そういう設定なんだから!

 そして聖女にもなるはずなの! いえ、時間軸的にはすでになっていなくてはおかしいのよ!


 それは王太子ルートだけの話じゃない! すべてのルートにおいて確定事項のはずなの!


「で、でも! わたくしはたしかにこの目で見ました! 彼女が精霊と話しているのを!」


 ゲームどおりの展開を、この目できちんと目撃してる!

 だから、ヒロインの嘘なわけがないのよ!


 私の言葉に、お兄さまがティーカップをソーサーに置く。


「ティア、そこは正確に。君は精霊を見たわけじゃないだろう?」


「え……? あ、はい。それはそうですわ。わたくしに精霊を見る力なんてありませんもの」


「そのとおりだ。そこに本当に精霊がいたのか、そしてルミエス嬢と話していたのか、ティアにはわからない。だって精霊が見えないんだからね。君が見たのは、何もないところに話しかけているルミエス嬢の姿だけだ。それじゃ、ルミエス嬢の話が真実であるという証明にはならないよ」


「で、ですが、そのあと彼女の声に応えるように、彼女の周りの花々に水が降り注いで……」


 そして、生き生きと生命力に満ち溢れた花々が彼女を彩った。

 それはそれは美しい――スチルをそのまま再現したシーンだった。


 しかしそれも、お兄さまはあっさりと否定する。


「そんなことぐらい、僕でもできるよ」


「は、はい? できるって……」


 あっけにとられる私をよそに、お兄さまは何もない空間を見上げて、にっこりと笑った。


「やぁ、兄弟。久しぶりだね。元気だったかい? ――なに? 今日は機嫌がよさそうだって? そのとおり、最高さ。なんてったって久々に妹と会えたからね」


 そこまで言って、お兄さまが手で私を示す。


「そうさ。彼女が僕の妹――アヴァリティアだよ。美人だろう?」


 視線は一切ブレない。まるで本当にそこに見えないなにかがいるよう。


 相手の言葉に耳を傾けるような仕草も間もものすごくリアルだ。笑ったり、眉を寄せたり、肩をすくめたりといった反応も。とてもじゃないけれど、独り言とは思えない。


 お、お兄さま? イマジナリーフレンドと会話するのが上手すぎない?

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