2-2
ツッコミどころ満載だけれど、いちいち相手にしていたら日が暮れてしまう。
ため息をついてそう言うと、お兄さまがふと真顔になる。
「――温室にお茶の用意をさせよう」
そう言って、私の前に手を差し出した。
「…………」
女性はエスコートするもの。貴族男性の当然の嗜みとして、考えるまでもなく身体が動くように骨の髄まで染み込ませた習慣を目の当たりにすると、やっぱり自分は異邦人なんだなと思う。
二年以上ここにいるけれど、まだエスコートを受けることに対して照れが抜けないもの。
「……少し手が荒れているね。苦労しているのかい?」
おずおずと自分の手を重ねると、お兄さまが少しだけ顔を曇らせる。
私は首を横に振って、にっこりと笑った。
「いいえ、好きなことをやっている結果ですわ」
たしかに、少し荒れてしまっている。毎日小麦粉を扱っているからね。水仕事もすごく多いし。
でも、それって思う存分パンを作れてるってことでもあるから、この荒れはむしろ幸せの証だ。
「その笑顔が本物だってわかるから、無理に連れ戻すことができないんだよなぁ……」
「当然です。そんなことしたら、二度と口をきいてあげませんからね」
なにを子供みたいなことを言ってるんだと思うだろうけど、実はお兄さまに一番効く脅し文句はこれだったりするのよね。
案の定、お兄さまは一気に震え上がって、「ぜ、絶対にしないから!」と力強く言う。――うん、なんだろう? この残念な感じ。
花が盛りと咲く温室。相変わらず華やかで美しい。
ガーデンテーブルにお茶の用意が整ってから、向かいに座るお兄さまはメイドたちを下がらせて、まっすぐに私を見つめた。
「――それで? なにを訊きたいんだい?」
そうね。まず――。
「王太子殿下とアリス・ルミエス嬢との間に、婚約話は持ち上がりませんでしたの?」
私は少し考えて、ズバリ一番の疑問をぶつけてみた。
「もちろん、恥知らずな殿下は卒業直後からそれについて言及していたよ。ルミエス嬢については直接の接点がないからよく知らないが、同じ気持ちだったんじゃないかい?」
「では……」
「でも、そんなものがまかり通るわけがないだろう。ルミエス嬢は平民だよ? 当然のことながら貴族たちの大反対にあったよ」
「アリス・ルミエス嬢はただの平民ではないでしょう? 聖女の資格をお持ちのはずです」
私がそう言うと、お兄さまは訝しげに眉を寄せた。
「なんだい? それ」
アレンさんと同じ反応だった。なんでみんな、そこ把握してないの? 重要なところでしょう?
「アリス・ルミエス嬢は聖女の資格を有しています。精霊と意思疎通を図ることができますわ」
「そんな話は聞いたことがないな。事実なのかい?」
「もちろんです。実際、わたくしは在学中に彼女が精霊と話している現場を目撃しておりますし、クリスティアン王太子殿下も、『貴様と違って、アリスは精霊に愛される美しき心の持ち主だ』とおっしゃっておりましたわ」
「なんだって!?」
お兄さまがカッと目を見開き、勢いよく立ち上がる。
「その一言で万死に値する! よくも僕のティアを侮辱してくれたな! あのミジンコ王太子! ちょっと待ってなさい! すぐに行って殺して来るから!」
「待っ……待って待って!」
重要なのはそこじゃない!
「平民であっても聖女となれば、殿下との婚約になんら問題はないはず。そうでしょう?」
いきり立つお兄さまをなんとかなだめて、もう一度座らせ、問いかける。
お兄さまは苛立たしげにため息をついて、頬杖をついた。
「そうだね。反対していた貴族たちも満場一致で婚約を認めるだろう。それが本当なら」
含みのある言い方に、思わず眉を寄せる。
「わたくしが嘘をついていると?」
「まさか、違うよ。僕が疑っているのは、ルミエス嬢のほうだ」
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