2-5

「それにしても……そんなくだらないことを確認するために帰ってきたのかい? いや、もちろん帰ってきてくれたのはものすごく嬉しいんだよ? 嬉しいんだけど……ティア? まさかとは思うけれど、ミジンコ王太子に未練があるわけじゃないよね?」


 思ってもみなかった言葉に、私は思わず目を丸くした。


「み、未練? いやいや、それはまったくもってこれっぽっちもございませんわ」


「本当に? 妙な仏心も出す気もない?」


「それはどういった意味ですの? よりを戻すということならば、ありえません」


「たとえば、恋愛感情抜きでミジンコ王子の支援はする――とかも?」


「はい、そのようなつもりもありません」


「じゃあ、これまでどおり、父上も僕もあのミジンコを許す気はない。それでいいんだね?」


「ええ。ですが、わたくしに義理立てする必要はございませんわ。アシェンフォード公爵家として王太子殿下に与したほうがよいと判断されたなら、迷わずそうしてくださいませ」


「あのミジンコにそんな価値があるとは到底思えないけれど……ティアがそう言うなら約束しよう。父上も僕も、私怨だけで家を傾けるような愚かな真似はしないよ。そこは信じてくれ」


 ――ミジンコ王太子から、ついにミジンコになっちゃった。


「それを聞いて安心しましたわ。必ずそうしてくださいませね」


「……それほど念押しをするってことは、ティアはルミエス嬢が聖女の資格を有している可能性があるって、まだ思っているのかい?」


 ええ。だって、そういう設定ですもの。


 ここは乙女ゲームの世界。それはつまり、ヒロインのための世界と言っても過言ではない。

 なにかしらのバグが起こっているのか、現状シナリオどおりに進んではいないみたいだけど――だからといって設定までなかったことになっているとは思えない。


 誰がなんと言おうと、ヒロインが聖女の資格を有していることは間違いないのだ。


 でも、それをそのまま口にするわけにもいかず、私は曖昧に笑って頷いた。


「ええ、お兄さま。わたくしにはどうしても、彼女の話のすべてが嘘だったとは思えないのです。ですから、今後――ルミエス嬢が聖女として認められることがあれば、わたくしのことなど構わず、王太子殿下とルミエス嬢の婚姻を承認――支持してくださいませ」


「アシェンフォード家のためにだね? ――わかった。約束するよ」


 迷いのない返答に、ほっと息をつく。


 さて、現状はあらかた把握できた。


 問題は、シナリオどおりに進んでいない問題をどうするかなんだけど――。





          ◇*◇





「とはいえ、悪役令嬢としての役目をしっかりと果たして、シナリオどおりに退場してしまった今、私にできることなんてなにもないのよね……」


 今さら悪役令嬢がしゃしゃり出て行ってアレコレしようものなら、それこそ現在発生中のバグが壊滅的なものになりかねない。


 エンディングまでに私の悪役令嬢としての仕事に不備があったのなら、この状況を動かすために介入することもあり得たかもしれないけれど、ほぼ完璧だったからなぁ。仮に介入をするとしても、これ以上悪役令嬢としてなにをするのかって話なのよね。


「結局のところ、現状は見守ることしかできないってことよね……」


 さて、どうしたものか……。


 はぁ~っと深いため息をついていると、広場の端にいたリリアが空になった籠を振った


「お嬢さまぁ! 試食のミニバターロールなくなった~!」


「え? もう?」


「あ! こっちも~!」


「こっちもこれで最後~!」


 リリアの声に、広場のあちこちで孤児院の子たちが手をあげる。


「は、はーい! ちょっと待ってねー!」


 その周りでは、子供たちがミニバターロールを美味しそうに食べている。


「うめぇ!」


「ふかふかで甘ぁ~い!」


「これ、本当にパンなの?」

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