ダンジョンへ


 ダンジョンのエレベーターを下りると、とても安心できた。いつもはこれからダンジョンだから緊張するんだけどね。今日はむしろ安心する。

 テトちゃんも一緒だから、かな? そのテトちゃんは周囲に少しいる探索者さんに興味があるみたいだけど。


「テトちゃん。配信するね?」

「うん」


 テトちゃんが頷いたのを確認して、ドローンを飛ばして配信を開始。昨日と同じく、すぐにコメントが流れ始めた。


『きちゃ!』

『テトちゃんの配信だ!』

『テトちゃーん!』

『おまえらwww』


 やっぱりみんなテトちゃんが目当てみたいだね。ほんの少し申し訳ない気持ちになるけど、今日はダンジョンの配信だ。


「こんにちは。今からダンジョンに潜ります」


『サキちゃんもこんちゃー』

『テトちゃんとダンジョン? 早くない?』

『てっきり魔法を教えてもらってからだと思ってたんだけど』


 私も最初はそう思ってたんだけどね。テトちゃんに視線を向けると、首を傾げた。ああ、そっか。イヤホン、渡しておこう。


「テトちゃん。これつけて」

「これはなに?」

「イヤホン。耳につけておいてね。コメントが適当に選ばれて音声として流れるから」

「こめんと……。配信を見ている人が打ち込んだ文字」

「それそれ」


 楽しみ、なんて言いながらテトちゃんはつけてくれた。


『テトちゃんかわいいよおお!』

『ぺろぺろしたいくんかくんかしたい』

『ぐへへ……テトちゃんはかわいいなあ……』


 うん。その……。どうしてテトちゃんがつけた瞬間に変態なコメントを選ぶかな!?

 コメントを聞いたテトちゃんは一瞬だけ動きを止めて、ふっと、小さく笑った気がした。


「サキ。行こう」

「あ、はい」


『完全スルーw』

『お前らは相手する価値もねえとさ』

『選ばれたコメントを見る限り納得しかないな!』


 ちなみにあっちからも選ばれたコメントは赤文字で分かるようになってるみたい。打ち込んだ人はどう思ったのか、少し問い詰めたい。

 それはともかく、ダンジョンだ。


「サキ。改めて言うけど」

「うん」

「どれぐらい動けるか見たい。だからまずは自分一人で進んでほしい」

「どこまで、かな……?」

「死ぬまで」


『なんて?』

『悲報、テトちゃんスパルタなんてレベルじゃない』

『死ぬまではさすがにやばすぎて笑えないんだが!?』


 いや、さすがに私もテトちゃんが何を言いたいのか、どう言葉選びを間違えてるのかはなんとなく分かったよ。


「死にかけるまで、だよね」

「そう」


『なるほどそれなら納得……いやできないが!?』

『死にかけるまでは一人でやらせるのか……』

『やっぱりスパルタじゃないか!』


 正直私も、ちょっとどころかかなり怖いけど、それでも行けるところまでは行こうと思う。それに、今回はテトちゃんが助けてくれると思うから。助けてくれるよね?

 とりあえず、行くしかない。できる限りがんばろう。

 ぎゅっと杖を握って、この安全地帯の部屋から一歩踏み出した。


 五分ほど歩くと、すぐに最初の魔物が通路の奥から出てきた。小さなスライムだ。

 一層のスライムはとても弱い。物理耐性もなければ魔法耐性もなく、初心者でも簡単に、それこそ一撃で倒せる相手。

 ただし十層以降のスライムになると強敵になるらしい。物理攻撃は一切意味がなくなる。切り裂いてもすぐに再生するらしい。魔法耐性も必ず持ってるのだとか。


「ファイア!」


 私が唯一使える魔法をぶつけると、スライムはうねうねと体をくねらせた。ただ、それだけ。


「え」


 テトちゃんの小さな声が聞こえた。


『相変わらず弱い魔法やなあ』

『なんでみんなこの子を最弱なんて言うのかよく分かったよ』

『普通は駆け出しでも魔法一発で倒せるからな』


「…………」


 分かってる。私は、弱い。だから、今更だ。


「ファイア! ファイア!」


 唯一使える魔法を何度も放つ。五発ほどでスライムは消滅した。


「はあ……はあ……っ!」


 私の魔力だと、ファイアは十発が限界だ。だから、私が倒せるのは、スライム二匹だけ。駆け出しでももっと倒せる。私以外なら、だけど。


『なんというか……ええ……』

『なあテトちゃん、本当に教える相手はその子でええんか?』

『もっと優秀な魔法使いならいくらでもいるぞ?』


 その通りだ。否定できない。私だって、最初にテトちゃんに伝えてある。

 テトちゃんへと振り返る。失望されてないかな。テトちゃんの顔を見るのが、今だけは怖い。

 そうして見たテトちゃんの顔は、感情の読み取れないものだった。


「魔法はあと何回?」

「五回ぐらい……。もう一匹スライムを倒せるぐらい」

「わかった。そのまま進んで、魔法が使えなくなったら杖で。それすらも通用しなくなったら、隠れて進む」

「え……」


『マジかよ』

『いやさすがにサキちゃんがかわいそうになるんだけど』

『これサキちゃん殺すつもりでは?』


 そんなことはない。絶対にない。そう、信じてる。信じたい。

 テトちゃんは視線だけで私を促してくる。私は覚悟を決めて、さらにダンジョンの奥へと向かった。

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