それが欲しい


 翌朝。私とテトちゃんは準備を済ませて、早速ギルドに向かった。準備といっても、装備の確認だけだ。私はずっと使ってる木の杖と、テトちゃんからもらった白いローブ。テトちゃんは黒いローブだけ。杖は持たないみたい。浅い層なら両手が空いてる方が便利ってことなのかな。

 林田さんから教わった通りに、まずはエレベーターで地下へ。地下は駐車場になってるみたいだけど、その片隅の目立たない場所にドアがあった。パスワードを打ち込んで鍵を開けるタイプのドアだね。もちろんパスワードは教わってる。


「サキ。ここ、車がたくさんある。すごい」

「うん。車を持ってる人が多いからね」

「安い?」

「どうなんだろう? 私はまだ免許も持ってないから分からないけど、安くはなかったと思うよ」

「お金持ちが多い。なるほど」

「それはちょっと違うような……」


 ローンっていうんだっけ? 分割で払ってる人の方が多いと思う。生活には便利なものだし、仕事によっては必須だしね。だから、無理して買った人も多いかも。

 ドアから延びる通路をテトちゃんと歩いて、突き当たりのドアへ。そのドアを開くと、やっぱりそこも駐車場だった。

 駐車場を通って階段を上ると、そこはいつものギルド。今はまだ八時頃だけど、すでに探索者の人が大勢集まってる。


「テトちゃん、二階に行くよ」

「わかった」


 そのまま階段を上って、二階へ。私たちが入ると、大勢の視線が一気に私たちに集まった。見られてる。とても、見られてる。


「おい、あいつら……」

「あの子が異世界の魔女か……。思ったよりちっちぇえな」

「どうしてあんなザコが一緒にいるんだよ……」


 そんな声がちらほら聞こえてくる。敵意、というほどではないけど、やっぱり気に入らない人は多いみたい。少し、苦しい。


「サキ。大丈夫?」

「あ、うん……。大丈夫大丈夫」


 本当はあまり大丈夫じゃないけど……。でも、そう。いつものことだから。いつもよりちょっと、視線が多いだけ。

 受付で許可証をもらって、さっさと部屋を出る。こんなところ、長くいたくない。テトちゃんも何も言わずについてきてくれた。

 ギルドを出て、あとはダンジョンがあるドームに向かうだけ。誰かに呼び止められる前にすぐに……。


「あ! いた! お待ちください!」


 うん。やっぱり、思い通りにはいかないみたい。

 私たちを呼び止めたのは、テレビカメラを持った男の人とマイクを持った女の人。あと、長い棒みたいなのがついたマイクを持った人。テレビの人、かな? テレビってもっと多くの人でやるのかと思ってた。


「お、おい……。いいのかよ勝手にあの子映して……」

「責任はあたしが取るわ!」

「その捨て身根性はどこから来るんすか」


 三人は私たちの側に来ると、マイクを持った人、リポーターさんかな? その人が笑顔で言った。


「少し、少しだけでいいので、お話を伺わせてもいいでしょうか……!」

「えっと……」


 どちらかと言うとテトちゃんの方だよね。テトちゃんの方を見ると、じっとリポーターさんを、じゃなくてテレビカメラを見ていた。じっと見てる。カメラを持ってる人もそれに気付いたみたいで、少し戸惑いがちだ。


「あ、あの……」

「お話?」

「は、はい!」

「それ、欲しい」

「え」


 テトちゃんが指さしたのは、当然のようにテレビカメラ。みんなの視線が、それこそ集まりつつあった野次馬の視線までテレビカメラに向けられてる。カメラを持った人の顔色は蒼白になってしまった。なんというか、テトちゃんがごめんなさい。

 でも、そうだよね。最初に見た時から欲しいって言ってたぐらいだからね。


「あ、あの……。さすがに、これは……」

「くれるのなら、ばんぐみ? に出てもいい」

「なんですって!?」


 うわ。リポーターさんの食いつきがすごい。そしてものすごく悩んでる。でもこれ、リポーターさんとかカメラの人が決められる問題でもないと思うんだけど。一千万円とかそんなイメージがある。高すぎるよ。

 リポーターさんはしばらく固まっていたけど、ゆっくりとつばを飲み込んだ。何かを、決断したみたいに。


「少し、交渉してみます。夕方にまたお時間をいただけますか」

「サキ。大丈夫?」

「えっと……。テトちゃんがいいなら、いいよ?」


 ということで、夕方にまた会うことになった。絶対にダメだと思うんだけどなあ。

 リポーターの人と連絡先を交換しておく。まさかテレビ関係者の人と連絡先を交換することになるとは思わなかったよ。


「これからダンジョンでしょうか?」


 そう聞いてきたリポーターさんに頷くと、リポーターさんがとびきりの笑顔で言った。


「ありがとうございます! お気をつけて!」

「えっと……。いってきます」


 テレビの人たちに手を振ってから、改めてダンジョンへ。ちょっと人も多くなってきたし、早く行こう。

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