初めてのお風呂てとばーじょん

「サキ。サキ。これはなに?」

「お風呂。知らない?」

「これが……お風呂……!」


 浴槽やシャワーをぺちぺち叩いてる。テトちゃんは興味を持ったらとりあえず叩く癖でもあるのかな。かわいいからいいんだけど。


「異世界にお風呂はないの?」

「ない。魔法で清潔に保つ」

「あー……。なるほど」


 確かに一瞬で綺麗になるなら、お風呂の必要はないかもしれない。

 でも。


「もったいないなあ。とても気持ちいいのに。人生の十割損してるよ」

「そんなに……!」


『十割てwww』

『サキちゃんの人生はお風呂でできていた……?』

『でもいくら綺麗になるからってお風呂入らないのはちょっとなあ』

『わかる』


 面倒だって言う人もいるけど、でもあの気持ちよさは捨てられない。


「もし私が異世界に行ったら、お風呂だけは作る。絶対に」

「そ、そう……」


『テトちゃんが微妙に引いてるw』

『でもねテトちゃん、そう考える日本人はわりと多いと思うよ』

『お風呂はマジで気持ちいいから』


「それは、興味がある」


 うん。それならやっぱり、お風呂には入らないとだめだよね。せっかくなんだから、是非試そうそうしよう今すぐやろう!


「じゃあお湯を入れるからちょっと待ってね。一緒に入ろうね」

「うん。楽しみ」


『それはもちろん配信してもらえるので?』

『お風呂配信とか最高かよ』

『おらわくわくしてきたぞ!』


「いや、さすがに配信しないよ。気持ち悪いよ? バカじゃない?」


『こればかりはサキに同意するわー。クソすぎてきもい』

『通報しました』


 謝罪のコメントが大量に並び始めたけど、とりあえずは無視だね。

 テトちゃんはお風呂にどんな反応をするのか、ちょっと楽しみだ。




 というわけで、お湯がたまりました。配信は当然切ってある。次の配信は明日かな。多分、ダンジョンになりそう。

 服を脱いでお風呂場に入ったテトちゃんは、湯気の立つ浴槽を見ておお、と興味深そうにしていた。お湯をぺちぺち叩いてる。


「すごい……。温かいお湯。日本人はみんなこれに入る?」

「みんな、ではないけど、嫌いな人は少ないと思うよ」

「おお……」


 テトちゃんはシャワーにも興味津々で、お湯を浴びて体を洗って、というのは本当に新鮮だったみたい。泡の出る石けんも何度も出して流してと調べてる。もったいないからさすがにやめてほしいけど。

 体を洗い終わって、お風呂へ。


「んー……。これは、気持ちいい……。すごい……」


 気に入ってもらえて私も嬉しい。テトちゃんは私の向かい側で、目を細めてお風呂を堪能してる。お風呂は温かくて、落ち着くよね。


「日本に来てよかった……」

「テトちゃん。その、そっちの家族はいいの? お父さんとかお母さんとかは……」


 少しだけ気になっていたこと。エルフが長命なのはなんとなく分かったけど、それでもテトちゃんの見た目ならまだまだ若いのだと思う。両親もきっと生きているはず。

 そう思って聞いたけど、テトちゃんは何でもないように言った。


「いない」

「え?」

「私以外のエルフはもういない。エルフは私だけ」


 それは、つまり、家族も親戚も誰もいない、ということだよね。

 私が絶句してしまっていると、テトちゃんはほんのわずかに苦笑を浮かべた。


「気にしないでほしい。もう慣れている」

「そ、そうなの……?」

「うん」


 それきり。私は何も言えなくて、テトちゃんが上がろうと言うまで様子を見守ることしかできなかった。




 お風呂の後は、就寝。寝室にはベッドがちゃんと二つあったけど、テトちゃんはダンジョン内と同じように私のベッドに潜り込んできた。


「テトちゃん?」

「落ち着く」

「えっと……。いや、いいけど……」


 テトちゃんはもしかしたら、家族が欲しいのかも。テトちゃんがいつからひとりぼっちだったのかは分からないけど、その可能性は高いと思う。

 ずっとひとりぼっちなんて、私には耐えられない。今は一人暮らしの私でも、実家に帰れば両親がちゃんと待ってくれているから。


 まあ、でもやっぱり、どうして私を選んだのかは分からないけど。なんとなくだったりするのかな?

 私にぴったりくっついて寝息を立てるテトちゃんの頭を撫でながら、そんなことを考える。考えたところで、正解なんてわかるわけがないだろうけど。


「おやすみ、テトちゃん。明日もよろしく」


 私がそう言うと、テトちゃんが小さく頷いた、ような気がした。

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