元パーティメンバー


 魔法が使えなくなって倒せたスライムは、一匹だけ。それも木の杖で何度も何度も叩いて叩いて、十分ぐらい時間をかけてしまった。その上、もうろくに力も入らない。

 それでもテトちゃんに促されて、進む。スライムに見つからないように進んで、進んで……。そして、階段にたどり着いた。二層目への入り口だ。


「あ……」


 ここから先にいるのは、ゴブリンだ。武器を使う二足歩行の魔物。二層目では単独行動しかしないゴブリンばかりだから普通ならそうそう負けない相手ではある。

 私は、勝てたことがない。一人の時は、命からがら逃げ出した。本当に死ぬかと思った。

 だから、二層目には……。


「行こう」

「う、うん……」


『マジかよ』

『鬼だ。鬼がいる』

『本当に大丈夫? サキちゃんだと一撃で殺されかねないぞ?』


 殺される。死ぬ。怖い。

 テトちゃんを振り返る。じっと、見つめてくる。じっと。じいっと。


「諦める?」


 そのテトちゃんの言葉に、私は静かに首を振った。


「行く」

「わかった。がんばれ」


 頷いて、階段を下りていく。隠れる暇もなく鉢合わせたりしないように、慎重に。


『サキちゃん、わりと根性あるな』

『一人きりでずっとダンジョンに潜り続けてるんだぞ、当たり前だろ』

『一層目だけとはいえ、サキちゃんにとっては命がけだからな』

『所詮一層だけだろ笑わせんな』


 階段を下りて、そして隠れようと周囲を見回して。

 通路の奥にいたゴブリンが私を見つめていた。


「ええ……」

「ええ……」


『いや草』

『テトちゃんも地味に呆れてるのは草なんだ』

『普通いきなり見つかるなんてことある?w』


 そうそうないはず、なんだけどね。

 ゴブリンが私の方に走ってくる。これは、さすがに、ちょっと……。走るほどの体力は残ってないから、逃げることもできない。

 そう思っていたら。


「お疲れ様」


 テトちゃんのその言葉の直後、目の前のゴブリンが爆発した。うん。そう。爆発。


「爆発した!? なんで!?」

「え? 私が倒した。だめだった?」

「だめとかじゃなくてだって爆発がゴブリンしてあわわわわ」


『落ち着けwww』

『これはバグっていらっしゃるw』

『いやでもマジで唐突に爆発したからびびるわ。魔法?』


「魔法」


 テトちゃんは私の目の前に立つと、じっと見つめてきた。そして唐突に、頭を下げた。


「ごめんなさい」

「え……?」


『おや?』

『なんだ?』


 何の謝罪か、分からない。テトちゃんのことだから、今潜ってることについて謝ってるわけじゃないと思う。もしそうなら、テトちゃんなら最初から避けたはずだ。


「それは、何の……?」

「言いたくない。でも、謝罪はしておきたい。だから、ごめんなさい」

「う、うん……。えっと……。いいよ?」


 テトちゃんは、なんだか安堵したみたいに小さくため息をついた。本当に、何だったんだろう。


「改めて。魔法を教える。まずは安全な場所に……」

「あー? てめえ、藤森か!」


 テトちゃんが階段を上ろうとしたところで、その階段の先から声が聞こえてきた。聞き覚えのある男の声。私の、最後のパーティメンバー。


「川辺君……」


 クラスメイトの男子生徒だ。川辺君の他にも、女子生徒が二人。別のクラスだから名前は知らない。パーティを組んでいた時も、自己紹介なんてなかったから。

 そしてもう一人、男子生徒。佐野君。佐野君だけは私を見て、少しだけ嬉しそうに微笑んだ。


「やあ、藤森さん。君も潜ってたんだね」

「う、うん。佐野君たちもこれから?」

「はっ! お前と同じにすんな!」


 川辺君が叫ぶように言う。そして私を小馬鹿にするような目で見てきた。


「まだダンジョンに潜ってんのかよ、役立たず」

「……っ!」


『なんだこいつ』

『サキちゃんの元パーティメンバー』

『分かりやすいぐらいのクソヤロウだな』


 それは、そう見えるかもしれない。でも川辺君も、最初は優しかったんだ。孤立してる私に声をかけてくれて、パーティに入れてくれて。そして一緒にダンジョンに潜ってくれた。

 でも結局スライムすらなかなか倒せずに、パーティから追い出されてしまったけれど。それは、仕方ないと思ってる。足を引っ張られたら、誰だって怒ると思うから。


「あんたもこんなやつじゃなくてさ、俺に魔法を教えてくれよ。有効活用するぜ」


 川辺君がテトちゃんにそう言う。テトちゃんは川辺君をじっと見て、そして次に女子二人と佐野君を見る。その視線は値踏みしてるような感じだ。


『なに抜け駆けしてんだこいつ!』

『それなら俺らの方が絶対いいって!』

『こんな生意気なガキより私でしょ!』


 こういうコメントも当然増えるよね。川辺君は別に探索者で最強というわけでもないから。

 テトちゃんは最後にもう一度川辺君を見て、そして嘲るように鼻で笑った。


「魔法はあなたには分不相応。身の程をわきまえた方がいい」

「テトちゃん!?」


『めちゃくちゃ辛辣www』

『テトちゃんの苛立ちが伝わってくるなあw』

『よっぽど不愉快だったんだろうなw』


 テトちゃんはあまり表情豊かではないけど、それでもよく見ると少しは分かる。テトちゃんは、少し怒ってる。


「テメエ、ガキが調子に乗るなよ……!」

「ガキにガキと言われる筋合いはない。あなたよりも、サキの方が才能がある」

「なん……!」


 川辺君が私を睨み付けてきた。いや、正直言いすぎだと私も思うよ。お願いだから私には振らないでほしい。テトちゃんの評価はとても嬉しいけど、それはそれとして怖いから。


「はっ……! そいつが役立たずだからって後になって泣きついても知らねえからな!」

「お前はなんでそんな上から目線なんだよ……」


 ダンジョンの奥へと歩いて行く川辺君と、頭痛を堪えるように額を押さえる佐野君。佐野君は相変わらず、苦労性みたいだ。今までもずっと、川辺君のフォローをしていたからね。

 女子生徒二人は不愉快そうに私たちを睨み付けて歩いて行く。最後に佐野君がごめん、と頭を下げて通り過ぎていった。

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