偉い人との話し合い
そうして通されたのは、会議室だった。長テーブルが四角形に並べられていて、その隅に初老の男の人と中年ぐらいの女の人が一人ずつ。男の人はテレビでも見たことがある。
ダンジョンが出現してから新設された、政府の機関、迷宮産業省。その大臣さん。名前は、確か……。
私が思い出そうとしている間に、林田さんに促されて椅子に座ることになった。私は大臣さんの向かい側、テトちゃんは女の人の向かい側だ。林田さんは女の人の隣で、探索者の人はあちら側の周りを囲んでる。多分、護衛、だね。テトちゃんが何かをしても守れるように。
「ご足労いただき、ありがとうございます。テトさんでお間違いありませんか?」
「うん。だれ?」
「失礼致しました。迷宮産業省の東堂と申します」
「……?」
あ、テトちゃんが首を傾げてる。それはそうだよね。誰だよと思うのは当然だと思う。内閣総理大臣とかが出てきてもテトちゃんにとっては知らないだろうから。
「テトちゃん。この国の偉い人だよ」
「偉い人。王様?」
「この国に王様はいないんだ」
「王様がいない……? 国としてどう成り立っている?」
「えっと……」
テトちゃんの世界には民主主義の国がなかったのかもしれない。だから、王様がいるのが当たり前なのかも。不思議な世界だ、と思うけど、ただの常識の違いの気もする。
「こほん。改めて。ギルド部長の桜田です。よろしくね、テトちゃん」
女の人は柔和な笑顔でそう言った。ちなみに部長さんは引退済みとはいえ、元探索者でかなり強い人だったはず。探索者になる時に説明でちらっと聞いた覚えがある。
「テトさんは日本への移住希望ということでよろしいでしょうか?」
東堂さんが聞くと、テトちゃんは一度だけ頷いた。
「なるほど……。日本の法律についてはご存知ですか?」
「少し」
「ふむ……」
すごく悩んでる、ような気がする。桜田さんも難しい顔だ。
異世界からの移住希望なんて、今までまずなかったことだと思うし、慎重になるのも当たり前だと思う。ただそれと同じぐらい、手放したくないとは思ってるのかも。
私でも分かる。だって、ここで断ったら、他の国に行っちゃうかもしれない。そして他国で魔法で何か利益をもたらしたら、きっといろんなところから非難を受ける。
それに。何よりも。間違いなく、私たち日本人よりもダンジョンについて詳しい。
「日本の法律について、分かりやすい教科書をお渡しさせていただきます。それを熟読してください」
「わかった」
「他には……」
そうして話し合いが続いていったんだけど、テトちゃんはほとんどの条件を受け入れていた。ダンジョンや異世界について、知っていることを話すこと。時折ダンジョンに潜ってもらうこと、定期的にその魔法で探索者の治療を行うこと、などなど。
ただ、絶対に受け入れない条件もあった。
「魔法を教えることはできない。そのつもりは絶対にない。私が教える相手は、サキ一人」
「その理由をお伺いしても?」
「単純に素質があるのがサキ一人しか確認できていない。今のところ、サキ以外で魔法を扱える才能は絶無と思っていい」
「はあ……」
さすがにこれはあまり信じてないみたいだったけど。私もちょっと信じられない。どうして私だけその才能があるのかと思ってしまう。
「魔法の件については了解致しました。もし才能のある者が見つかれば、教えていただけますか?」
「うん」
「では、あなたの日本での滞在を認めましょう。続いて、藤森彩希さん」
「え、あ、はい!?」
私!? なんで!?
「ダンジョンの側のマンションに部屋を一室、ご用意致しました。しばらくの間、そちらでお過ごしください」
「えっと……。それはいいですけど、どうして……?」
「危険だからです」
東堂さんが言うには、この先どのような干渉があるか分からないから、らしい。私自身が悪い意味でちょっと有名なのもあるし、テトちゃんが異世界の人ということでやっぱり他の国からも注目を集めてるのだとか。
もしかしたら、テトちゃんの誘拐を企てているかもしれない。そのため、用意されたマンションで暮らしてほしいとのことだった。もちろんしっかり護衛は配置されるみたい。
なんだか、現実のことじゃない気がしてくる。誘拐とか、護衛とか、信じられない。
でも。
「誘拐? テトちゃんを?」
「…………」
東堂さんと顔を見合わせて、二人でテトちゃんを見る。テトちゃんはどこから出したのか干し肉みたいなものをもぐもぐと食べていた。うん。いやちょっと待って。
「テトちゃん何してるの!?」
「飽きたからお昼ご飯」
「飽きたって……」
そう言った直後に、私のお腹も鳴った。そういえば、お昼ご飯、まだだった。いや、それにしても、さすがにこれは恥ずかしすぎるけど……。
そっと東堂さんに視線を戻す。東堂さんも桜田さんも、なんだかとっても優しい笑顔でした。やめて、そんな目で見ないで……!
「それでは、林田がマンションへと案内します。学校へも送迎させていただきますので、慌てて出ないようにお願いしますね」
「うう……。了解しました……」
至れり尽くせりだけど、本当にこれでいいのかなと思ってしまう。本当に、大事になってしまった。
その後は、ここでの会話の守秘義務とかの契約書にサインして、部屋を後にした。林田さんがマンションまで車で送ってくれるらしい。本当に、特別待遇だ。
「くるま。楽しみ」
テトちゃんは車に乗れるのが嬉しいみたい。言葉としての意味は知ってるけど、見たことはないから、だって。今はそんなうきうきしてるテトちゃんが癒やしだよ。
でもいろいろと、テトちゃんが原因だと思うと、ちょっとだけ複雑な心境でした。
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