マンション


 車での送迎、ということで少し遠い場所にあるのかと思ったけど、五分もかからない場所にそのマンションはあった。人に見られないようにするための車だったらしい。

 車を楽しみにしていたテトちゃんは少し残念そうだったけど、それでも少しだけ乗れたことで嬉しそうでもあった。


 そうして案内されたマンションは、十階建てのマンション。ただ、ここはちょっと訳ありの探索者が住むマンションらしくて、地下にある通路はギルドの地下に直接繋がってるらしい。今後はここを通るように、とのことだった。

 私たちに与えられた部屋は、マンションの十階。鍵だけもらって、エレベーターの前で林田さんとは別れた。家具はそろってるけど、必要なものがあれば連絡すれば持ってきてくれるらしい。


「なんだか、すごいことになったなあ……」

「サキ?」

「何でもないよ、テトちゃん」


 エレベーターのボタンを押す。テトちゃんはそれも珍しいみたいで、私が押したボタンを同じようにぺちぺちと叩いて押していた。なんだか本当に、妹ができたみたい。かわいい。

 エレベーターが下りてくると、テトちゃんは一瞬だけびくっとして身構えていた。お願いだから魔法は使わないでほしい。多分このマンションが消し飛ぶ。

 エレベーターに乗って、十階へ。私たちの部屋はちょうど真ん中あたりの部屋みたい。少し長めの廊下を歩いて、新居の前にたどり着いた。


「あー……」

「サキ? どうした?」

「いや……。ちょっと、いろいろと……」


 一気に状況が動きすぎてて実感がなかったけど、ようやく、追いついてきた感じだ。間違いなく探索者としては最底辺だったのに、こんな特別扱いになるなんて。

 休みの後の学校がちょっと不安だ……。両親もきっと心配してるだろうな……。

 とりあえず、入ろう。鍵を開けて、中に入った。

 中は、私が住んでいたワンルームよりずっと広い。玄関からすぐは短い廊下で、左右に洗面所と寝室がある。廊下の先はとても広いリビングキッチン。テレビや冷蔵庫も完備されていた。


「じゃあ、テトちゃん。ここが今日から我が家です」

「広い」

「広いね」


 一般的な部屋の三部屋分ぐらいはあるリビングだ。何かカーテン……は無理か。でも仕切りになるものを買ってきたら、簡易的な私室ぐらいにはできるかも。

 テトちゃんは持っていた杖を壁際に立てかけると、少しおっかなびっくりといった様子で椅子に座った。ほふ、と一息ついていて、なんだか見ていて面白い。


「サキは実はお金持ち?」

「違うから。ここはむしろ、テトちゃんのために用意されたみたいだよ」

「何故……?」

「あはは……」


 テトちゃんは自分の価値をそこまで分かってないみたいだ。もしかしたら異世界だと、テトちゃんは中堅の魔法使いとかだったりするのかな。そうなったら異世界が怖すぎるんだけど。


「サキ。とりあえず明日の話」

「え? あ、うん」


 テトちゃんに促されたから、テーブルを挟んでテトちゃんの反対側に座る。やっぱりテトちゃんちっちゃいなあ。ちょっと微笑ましく……。


「明日、ダンジョンに潜って死にかけるまで行こう」

「待って」


 前言撤回。出てきた言葉はやばかったです。


「サキはダンジョンをクリアしたい。違う?」

「合ってる、けど……」

「まずサキがどこまで戦えるか知りたい。潜って。そして死ね。あ、違った。死にかけろ」

「この子いきなりめちゃくちゃ怖いこと言うなあ……!」


 ギルドで口を酸っぱくして言われることが、絶対に無理をするな、ということだった。何かあっても自己責任だから、安全第一で。それが探索者の鉄則。


「大丈夫。死ぬ前に助ける。多分」


 鉄則、だったんだけどなあ……。


「テトちゃん、そのダンジョンは配信しながらでも大丈夫? たくさんの人に見られちゃうけど……」

「問題ない。別に教えるところを見られてもいい」

「あれ? そうなの?」


 他の人に教えないようにって言われてたから、てっきりだめだと思ってたんだけど……。でも、問題ないなら、ちょっと助かる。ずっと続けてたことだから。


「あ、でも……。このまま魔法を教えてもらってもいいの?」

「どういう意味?」

「いや、だって……。家とか、結局国の人に用意してもらっちゃったけど……」


 なんなら私の方がもらいすぎの気がする。だって、こんな場所に住めるんだから。私の自宅を提供する代わりに魔法を教えてもらう、という約束だったから。

 テトちゃんは少しだけ目を見開いて、視線をさまよわせた。なんだか不思議な反応だ。理由を探してるみたいに。

 これで断られても、私は仕方ないと思ってる。その時は、また一人でがんばろう。仲良くなれそうだと思ったから、寂しいけど。

 テトちゃんの言葉を待っていると、やがて口を開いてくれた。


「サキがいたから、えっと……。住める。うん。そう。きっとそう」

「いや、多分テトちゃんだけでもお家もご飯も用意してくれると思うけど……」

「サキ。魔法はいらない?」

「教えてほしいよ」


 今のままだとクリアできないと思うから、それは間違いない。テトちゃんは頷いて、言った。


「じゃあ、気にしなくていい。私はサキに教えたい。だめ?」

「ううん……。じゃあ、お願いします」


 どうしてこんなに気に入られてるのかは分からないけど……。ありがたく、テトちゃんの好意に甘えさせてもらおう。


「あ、そうだ。晩ご飯どうしよう。出前頼む?」

「でまえ?」

「そう。スマホで注文したらご飯を届けてくれるんだよ」

「なにそれすごい」


 テトちゃんって、十年間日本語を学んでたわりには、わりと知識に偏りがあるよね。もちろんずっと勉強していたわけじゃないとは思うけど。

 スマホを開いて、出前のページを開いてみる。テトちゃんに見せると、分かりやすいほどに目を輝かせた。


「すごい。どれも美味しそう。食べてみたい」

「うんうん。どれがいい?」

「分からない……。サキのオススメでいい」

「そう? じゃあ、ピザにしよっか」


 出前と言ったらピザの気がするから。

 というわけで、ピザを注文。三十分後には配達してもらえた。念のため置き配で頼んだから、配達完了のメールの後にドアを開けると袋が置かれてあった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る