ぺちぺち魔女
朝。私が起きた時にはすでに隣にテトちゃんの姿はなくて、慌てて周囲を確認したら昨日と同じご飯を作っていた。置いて行かれたかと一瞬思ってしまった自分がなんだか恥ずかしい。
それはそれで安心したんだけど、安心できないことが一つある。
「あの、テトちゃん」
「おはよう、サキ。朝の挨拶はおはようで間違いない?」
「うん。おはよう、テトちゃん。あの、あれは、なに?」
「無駄な努力をするボス」
「無駄な努力……」
テトちゃんの向こう側、テトちゃんが張った結界を攻撃するボスの姿がある。くちばしで攻撃したり、魔法で火球をぶつけてきたり。そのどれもが通用してなくて、音すら聞こえてこない。見ていてちょっと悲しくなる。
「サキ。朝ご飯」
「あ、うん。ありがとう」
テトちゃんに呼ばれて、朝ご飯を食べる。昨日と同じようなスープ。とろみのあるスープにごろっとしたたくさんの具材。お野菜とかお肉とか。
ちなみにお肉はともかく、野菜は日本にもあるものだと思う。もしかして日本の食材なのかな。
「テトちゃん。この食材は?」
「ダンジョンマスターにもらっていた」
日本の食材に慣れやすいように、なのかな。さすがにちょっと分からない。そんな気配りをするような人……人? じゃなかったと思うんだけど。
「そうだ、サキ。サキは魔女?」
「え? うん。魔法使い、かな。まあ、その……。まだまだ弱いんだけど……」
冒険者として一年ほど活動してるけど、未だに駆け出しの人と同じ扱い、むしろ伸び代がないということでそれ以下の扱いだ。最後に荷物持ちとして入れてくれていたパーティも、一週間ほど前に解雇されてしまった。荷物持ちとしてすら使えない、だって。
ひどいと思う人もいるかもしれないけど、みんな命がけだから仕方ない。私だって、自分のせいで誰かが死んじゃうのは絶対に嫌だ。
そういうのを説明したんだけど、テトちゃんは興味なさそうだった。魔法使い、という事実だけが知りたかったみたい。
「じゃあ、これ。使わないからあげる」
「え? あ、ありがとう……?」
テトちゃんにもらったのは、真っ白なローブ。すごい、まともな装備だ。装備にもお金をかけられなかったから、ちょっと感動してる。
「でもサイズが……」
「魔法がかかっているから大丈夫。魔法使いならローブぐらい着るべき」
「そうなの?」
テトちゃんのこだわりなのかな。じゃあ、ちょっと使わせてもらおう。テトちゃんの目の前で着替えるのは恥ずかしいけど、多分着替え終わるのを待つつもりだろうから。
私が着ているのは、学校の制服。紺色のセーラー服だ。以前入ったパーティに少しだけ魔法をかけてもらったことがあって、普通の服より制服の方が防御力が高くなってたんだよね。汚れも、ダンジョンから出たら落としてくれる人がいるから。
ローブを着ると、淡く光ったかと思えば私にぴったりのサイズになった。すごい。
「わあ……。すごい。ありがとう、テトちゃん」
「うん。私の弟子ならローブぐらい着てほしいから」
弟子になるのは確定なんだね。もちろん嫌じゃない、というより是非お願いしたいけど。ただ途中で見限られないか、少し不安だ。
テトちゃんは優しいからそんなことはないと思うけど。
その後はまた地上に向けて出発だ。私はやっぱり魔法で運んでもらうだけだけど。明かりのない暗いダンジョンを、テトちゃんは高速で駆け抜けていく。
私の方も余裕が出てきた。この場合、話をする余裕が出てきたというだけで、自分で走ったり周囲の様子を確認できたり、という意味じゃない。絶対無理。
「サキ。明かりがある。日本の人がたどり着いてる階層だから、はいしん? して構わない」
「あ、うん」
スマホを取り出して、配信開始。ちなみにドローンも手で持ってる。理由は単純で、ドローンの方が追いつけないから。改めてテトちゃんがちょっとおかしい。
ドローンのカメラを私に向けて、配信開始。
「えっと……。皆さん、おはようございます。サキです」
普段なら最初のコメントまで少し時間が必要だけど、今日はあっという間だった。
『まってた!』
『サキちゃんおはよう!』
『無事で何より』
『ところで周囲の景色が爆速で流れてる気がするんですが』
「あ、はい。テトちゃんが、私を魔法で運びながら飛んでます。すでに踏破済み階層に入りました」
『なんて?』
『早すぎて笑うしかねえw』
『なんでお前みたいなザコが選ばれてんだよふざけんな』
『アンチは見苦しいなあ』
アンチについては、気にしても仕方ない。もしかすると以前のパーティメンバーかもしれないから。
『そうそう。外に出る時は覚悟しておいた方がいいよ』
『今ダンジョンの外は大騒ぎだから』
「え、なにそれ? もしかして私、怒られます……?」
『怒られはしない、と思う。多分』
それならいいんだけど。
大騒ぎは、当然かな。私が視聴者の立場だったら、やっぱり気になると思うから。日本に突然現れたダンジョンを詳しく知っていて、外で魔法も使える異世界の魔女のテトちゃん。きっとみんな、話を聞きたいはずだ。
でもテトちゃん、話をしてくれるかな。日本を楽しみにしてくれてるのは間違いないけど……。まだそこまで、テトちゃんの性格は分からない。
「テトちゃん」
「なに?」
「日本の人がテトちゃんから話を聞きたいみたいだけど……。ダンジョンから出た後、時間ある?」
「うーん……。少しなら」
テトちゃんの気分次第と思った方が良さそうだね。
テトちゃんの魔法で運ばれ続けて、気付けばついに出入り口の側にたどり着いた。
ダンジョンの入り口は大きい穴だ。その穴も今はある程度塞がれていて、専用のエレベーターで一層へと下りることができるようになってる。
エレベーターで下りた先、つまり今私たちがいる場所は、ボス部屋ほどに広い部屋になってる。ここではパーティの待ち合わせをしたり、助っ人を募集したりする人が集まったりしてる。ダンジョンの数少ない安全地帯だ。そして当然、人も多い。
つまり、たくさん見られてる。
「おい。あれってまさか……」
「あの子が異世界の魔女……」
「改めて見るとちっちゃいな」
そんな周囲の反応をテトちゃんは気にしていない。テトちゃんの興味はエレベーターに釘付けだ。きらきらした目で、部屋の真ん中にあるエレベーターを見つめてる。ぺちぺち叩いてる。
「サキ。サキ。早く乗ろう。早く行こう」
「う、うん」
『かわいい』
『かわいい』
私も同意見だよ。なんだか子供っぽくてすごくかわいい。
さてと……。それじゃあ、ダンジョンの外だ。何が待ってるのか、私は今からとても不安だ。
わくわくしてるテトちゃんと一緒に、私はエレベーターに乗って地上に向かった。
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