地上へ出発
「よし……。大丈夫。えっと、出るのは転移で送ってもらえるの?」
「無理。自力で出る」
「え。つまり、徒歩で地上まで?」
「うん」
「つかぬ事をお伺いしますが、何層でしょう……?」
「百層だけど」
『いや草』
『さらっと教えてくれたけど深すぎぃ!?』
『今の最前線って何階層だっけ?』
『四十ちょっと。五十層で終わりだろうと言われてる。言われてた』
『まだ半分いってねえwww』
どうしよう。テトちゃんは、あのドラゴンを倒せるぐらいだから余裕なんだろうけど、私は間違いなく足手まといだ。むしろ生きて帰れる気がしない。
私がちょっと絶望してる間に、テトちゃんは手早く荷物をまとめて、というよりいろんな家具や本を空中に作った真っ黒な穴に全部入れていた。なにあれ。
そうしてから、中央のクリスタルの方に歩いて行って、そして言った。
【それではダンジョンマスター様。お世話になりました】
それは、聞いたこともない言葉だった。
テトちゃんがそう言った瞬間、クリスタルの周囲が揺らめいて、一人の男性が姿を現した。がっしりとした体つきの男の人、に見える。
「ああ。さっさと出て行け。お前の世話をするのも飽きた」
「なぜ日本語?」
「そいつが会話を理解できんだろう?」
男の人が私を指さす。テトちゃんもこっちを見て、納得したように頷いた。
「ちなみにダンジョンマスター。サキの願いを叶えてもらうことはできる?」
「否。今回は特例として呼んでやったにすぎん。願いを叶えてほしければ、地上から順番に踏破してこい。貴様が直接力を貸すことは許さんぞ、エルフ」
「分かっている。魔法を教えるぐらいは構わない?」
「無論だ。そのために剥奪して待っていたのだからな」
剥奪って、何をだろう? 私には意味が分からなかったけど、テトちゃんは理解してるみたい。頷いて、こっちに歩いてきた。男の人の姿もいつの間にか消えてる。
さっきの人が、ダンジョンマスター。当たり前だけど初めて見た。
『まさかこの配信が、ここまで重大な配信になるとはなあ』
『古参勢としては嬉しいやら、遠くに行ったような気がして寂しいやら』
『わかる』
私も今から憂鬱だ。こんなことになるなんて、思わなかったから。
「行こう」
テトちゃんに促されて、私はこの最深層の部屋から出ることになった。
ベテランの人が、浅い層を駆け抜けるのにかかる時間は、一層につき三十分ぐらい。道中の敵を簡単に倒せて、なおかつ道が分かっていてそれぐらいだ。
テトちゃんの場合は、一層につき十分でした。
走るじゃなくて、飛ぶ。ものすごい勢いで周囲の景色が流れていく。出てくる魔物はまさに鎧袖一触、魔法一発で殲滅していってる。
ちなみに、配信は切るように言われたから、今は切ってる。一番強い人が潜れるところ、つまり明るくなってる階層までは配信を避けた方がいいらしい。情報の漏洩がダンジョンマスターにどう思われるか分からないから、だって。
私はいいのかと聞いてみたら、それぐらいならいいと思う、と軽い返答だった。本当にいいのかな?
「よし、そろそろ休憩」
はっと我に返ると、テトちゃんがそう言っていた。とても広い部屋で、大きな鳥のような魔物を倒したところだ。多分、ボス部屋。今は何階層かな。怖すぎて半分意識が飛んじゃってて、数えられてない。
「テトちゃん、今は何階層?」
「ちょうど五十。サキが言うところのボス部屋」
「うわあ……」
スマホで時間を確認してみると、午後十時。私が転移の罠にひっかかったのは、多分だけど午後一時ぐらい、だと思う。半日足らずで半分も引き返したってことだよね。なにそれこわい。
「構造が私の世界の側とほとんど同じだったから助かった。違ったら面倒になるところだった」
「面倒になるだけなんだね……」
「うん」
テトちゃんが慣れた手つきでたき火を起こしてる。また空中に作った黒い穴から道具を取り出してたけど、アイテムボックスみたいなものなのかな。便利そうだ。
「適当に結界を張るから、ご飯を食べたら寝てほしい。浅い階層の魔物だと壊せない結界だから安心していい」
「浅い……」
五十は私たちにとっては深層なんだよ、テトちゃん。
ご飯は、テトちゃんが作ってくれたスープみたいなもの。私でも食べられるのか不安だったけど、空腹には勝てなかった。どろっとしてたけど、お肉とか野菜がごろごろ入っていて美味しかったです。
寝る時はテトちゃんが持ってきたベッドで寝ることに。あの居住空間の家具を全部回収してきたらしい。取り出す時も穴からにゅるっと。
「ダンジョンマスターさんに怒られないの?」
「くれてやると言われていたから大丈夫。多分」
それは本当に大丈夫なの? いや、だめだったらとっくに怒られてる、かもしれない。
「じゃ、一緒に寝よう」
「え。それは、さすがに……」
「だめ?」
「う……」
ベッドは一つしかないし、テトちゃんが上目遣いで見てくるし……。諦めて一緒に寝る。私はお世話になってる側だから地面にそのままでもいいと思ったけど、テトちゃんが許してくれないから。
というわけで一緒にベッドに入ったら、テトちゃんがくっついてきました。なんで……?
「て、テトちゃん?」
「ん……。あったかい……」
「あ……」
そっか。そうだよね。十年もあの部屋で一人きりで生活してたんだ。きっと、すっごく寂しかったと思う。人肌が恋しくなってもおかしくないぐらいには。
「えっと……。こうでいいかな……」
テトちゃんをそっと抱きしめる。子供特有の温もりがなんだかとっても心地いい。
「おやすみ、テトちゃん」
私がそう言った時には、すでにテトちゃんは整った寝息を立てていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます